芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)

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悪魔(あくま)
 ・・・遠い昔の戦国の世の終わり、織田信長存命の頃、ある姫君に取りいて、難なくバテレン神父にとっつかまった、柄にもなく不思議に美しい姿をした一匹の悪魔の物語。
 ★★ 抽象概念(idea)を伝えるに具体的(&不思議な)出来事(phenomenon)を以て読者の心に焼き付ける仕事を積極的に演じようと張り切っていた、初期の芥川龍之介の生真面目な一作。彼の作品群の中では佳作にも入らないが、深い付き合いの出来る飲み友達への話のツマには、よい短編かもしれない。

あばばばば
 ・・・ろくに会話を交わしたこともない無愛想なヤブニラミの主人がいる通い慣れた煙草屋に、ある日、初々しい若女房がいできたのを発見した主人公の保吉は、その物慣れぬ頼りなげな所作の一つ一つに、次第に恋愛感情とは微妙に異なる好感を抱くようになってゆくが、ある日を境にその姿はぷっつりと見えなくなる。そして、再び姿を現わしたその時の彼女は、もう・・・
 ★★★ 文学好きならその作品としての味ににんまり、女性なら作中の御仲間の変化ににっこり、男の場合は女というものへの心と身体の処し方の熟成度に応じて、にかにかしたり首を振ったり溜息ついてみたり・・・読んで面白く、読み手の反応を見るのもまた愉しい、できれば、気になる異性の誰かさんに読ませてあげたくなる、リトマス試験紙的味わいの良品。(ちなみに、作中の大学教授「保吉」は、本作以外にもたびたび登場する、芥川が用意した彼自身の分身的登場人物)

芋粥(いもがゆ)
 ・・・平安の昔に、しがない侍がいた。他者から受ける待遇と言えば「無視」か「愚弄」のみ、そんな我が身の情けなさをさも当然のこととして受け入れるこの男にとって、たった一つの秘めたる望みは、「滅多に口に出来ぬ美味、芋粥というものを、飽きるほどすすってみたい」・・・ふとしたきっかけで「その望み、叶えてやろう」という剛胆な上役の御馳走にあやかることになったこの男は、嬉しさに浮き浮きとして馬上の人となるのだが・・・
 ★ この「芋粥」は『宇治拾遺物語』「利仁芋粥の事」の焼き直し、かつ、芥川作品としては最低の不文。以下の諸点がまるでダメ:
1)無意味に長すぎる!この3分の1以下でないと、この作品には何の力もこもらないし、5分の1程度までは簡単に濃縮できる話である。
2)いじめられた時に漏らす「いけぬのう、御身たちは・・・」というこの「侍」のつぶやきに、「はっ」となったという「丹波の国から来た若侍」だのその他諸々の連中だのの、心理描写がまるで中途半端。作家なら絶対にしてはならない(が、ヘタな物書きは必ず犯す)「作品の脈絡に無関係に、作者の個人的見解を挿入する愚挙(or漏らした個人的見解に対し責任ある脈絡を用意し損ねる失策)」の典型的悪例。
3)「鶴賀への道すがら捕らえた狐にまつわる不思議なお話」は、『宇治拾遺物語』の中では怪異としてそれなりに興味を引く話であったものの、大正期の芥川作品の中では全く有効に機能しておらず、素材未調理の感を催させて興醒め。
4)「侍」が「利仁」に「阿諛追従」の態度を取る展開に持ち込んだのが、「野狐さえも随意に操る剛胆さに打たれたから」という形で上述の「宇治拾遺物語に見られた怪異の無意味な引用を正当化するため」と解釈するより他はないほどに、「媚びを打ち、心酔した、その相手から受けることになるその後の処遇によって、侍の利仁への心理が、どう変わったか/利仁側は侍を結局どう思っていた、ということになるのか」という小説展開上の問題が全く手つかずのままで放り出されており、物書きの視点から読むと立腹を誘うほど無責任。
5)「芋粥」に飽きて困ってしまった「侍」が、追加のを固辞するきっかけとして例の「野狐」がまたぞろ登場するが、その使い回しは、上述の4)&5)の杜撰さに辟易した目利きの文章読みにはなお一層姑息な帳尻合わせに思われて、更なる軽蔑を誘う。
6)物語のにあたる部分の調理にことごとく失敗しながら、「簡素な記述しかない平安古典文物」の「行間に込められた様々な物事を自分が読み解くと、こうなる」とばかり、『宇治拾遺物語』に触発されて芥川の脳内に展開した絵画的・皮膚感覚的・心理的イメージの数々を、長々細々ダラダラ書き散らすことで、冷徹な読者からは「この作家、テメェの古典読解力を、ただエラそうに誇ってるだけじゃねーか。学校で一番生徒たちから嫌われ軽蔑される<講釈師気取ってだらだら喋り倒して授業が終わっちまう古文・漢文の老講師>と一緒だよ、けっ、くだらねーな、芥川龍之介って!」と見切られ見下される愚を犯している。
 ・・・この最後の6)の観点が、世にあまたある芥川批判者の論点となる場合が実に多いこと、「文学常識」として是非とも覚えておいていただきたい。「皮膚感覚だけの作家」という形で約言可能なこの非難は、芥川自身ひどく気に病むものであったが、それを招いた「A級(&永久)戦犯」がこの「芋粥」であったことを指摘するためだけに、芥川作品から消滅してしまったほうがむしろ幸福とさえ言えるこの「駄作」を、ここに紹介しておきたい筆者なのである・・・太宰治なら、こうした不文の後に、多く、幸福なるリベンジ作品があって、そちらとの抱き合わせで読むべき体質があったのだが(例:「黄金風景」&「新樹の言葉」)、芥川は良くも悪くも几帳面、一作のみをもって全てを決する読み切り完結型作家で、一度転んだらそれっきり。こういう神経質な人は、だから、絶対に転ぶわけには行かないわけである。それに、日本には、一度転んだ者は、その地べたにコケたイメージでしか見ようともせぬ困った構図固着主義者が多いのだから、芥川あたりにはひどくキツい風土だと言える。この国に、「prodigal son:改心した放蕩息子」を誉める気風も、「天国に入るには狭き門より入れ」のキリスト教箴言を理解する知的・倫理的・感性的高尚さも、いまだ根付いたしはないのだ。
 「蜘蛛の糸」や「羅生門」等の名作で、絵画的イメージにより読む者をぐいぐい引っ張るストーリーテラーとしての芥川の優れた特性に圧倒された読者が、「なぜ日本では<芥川龍之介>の評価がこんなにも低いのだろう?(<芥川賞>の評価の方が、はるかに上じゃん!?)」と不思議に思った時、その謎の答えの一端を与えてくれるのがこの「芋粥」という困った「駄作」である。こんな不文の端々をひっつかまえて「だから芥川はダメなのだ」と、他の作品へもその非難を平然と横すべりさせる脈絡無視の安直さが、日本文学界(否、日本人全体)に平然とはびこっているという唾棄すべき事実を指摘するために、この「芋粥」を「芥川龍之介の代表作の一つ」などと平然と紹介する教科書が世に溢れているという事実の指摘と共に、敢えてここに紹介しておくことにする・・・ので、ここでの筆者の批判さえ読めば、「芋粥」本文など読まずとも結構。どうせ読むなら『宇治拾遺物語』だけにしといたほうが(少なくとも、あちらの作品を最初に読んでから芥川に向かうほうが)ずっとよい。

おぎん
 ・・・遠い昔の江戸時代、日本のキリスト教徒迫害の歴史が始まった頃、宗教も何もないごく普通の日本人夫婦の娘おぎんは、哀れ、両親に死に別れ、慈悲深い隠れきりしたん夫婦の養女となって、隠れ信仰つきの幸せな暮らしを営んでいたが、ある年のクリスマスの夜、礼拝の最中のおぎんと父母の家を代官所の役人たちが見つけて、彼らは牢屋に入れられてしまう。度重なる拷問に耐えた末に、いよいよ大勢の見物人の前で公開処刑のはりつけの柱にくくりつけられた彼らに、役人は「天主教の信仰を捨てるなら、今すぐ自由放免してやるぞ」と申し渡す。その時、はりつけ柱の上のおぎんの口から、意外な言葉が飛び出して・・・
★★★★ 「信仰」に対する西欧人の態度と日本人の体質との本源的相違を、鋭く見抜く数少ない日本人、芥川龍之介のさりげない哀れみの一作。当然、「日本教」の信者たり得なかった彼には、こうした孤独の観察所見が多いのだ・・・わかってくれる道理もない日本人に囲まれながら、しかし彼の筆致は、西欧合理主義者の見下した日本人論には染まっていない。自らは決して仲間の輪に入れぬ倭人たちの、「人に和し、全てを委ねて、共にinfernoに参りましょう」という何の疑いもない一蓮托生の生き様に、憧憬に似ていないでもない感傷を交えつつ、淡々と、当たり障りのなさそうな昔の誰かの物語を、寓話の形で書くばかりである・・・道理で、彼には「昔日の物語に取材」した作品が多いわけだ;そして、時代も、後代も、芥川龍之介を正当に評価することも出来ぬまま、日本は21世紀の初めを迎えているわけだ。
 この作品は、一つの「踏み絵」である・・・あなたも倭人教徒でしょうか?それとも、孤独な芥川の同類でしょうか?まぁ、前者だからとて嘆くには及ばない:地獄でも、仲間といれば怖くない・・・それが日本教。「倭人狂徒」とられようと、みんなで狂えば、こわいものなし。恐いのは、そんな彼らのまっ只中に、一人の人間として、生まれ落ちること ― 芥川も、最後は、飲み散らした薬剤の瓶と聖書とを枕元に残して、寂しい殉教者として旅立ってしまった。

<か>

蜘蛛の糸(くものいと)
 ・・・幾多の悪行の報いで血の池地獄にあえぐ大泥棒、犍陀多(かんだた)。しかしその生前ただ一度行なった善行の報いに、御釈迦様はか細い蜘蛛の糸をその頭上に垂らしてやる。地獄に仏の救いの糸に、大喜びでよじ登る犍陀多だったが・・・
 ★★★★★ 「流行の最先端を走る」意識で、「勝ち組」だの「既得権益」だのの終わりなき虚しき短距離走の連続に人生の自転車操業を繰り返す現代日本人たちには、(この人、小さい頃に、この作品読んでないんだろうなぁ・・・)と嘆息したくなる。数の重みを価値の重みと疑わず群がる餓鬼畜生の生き様に終始して墜ちるとこまで落ちたくなければ、この名作を読む(orしみじみ読み返す)べし。

<さ>

創作(そうさく)
★★ これは別段、芥川作品である必然性もないような、「の境界線」に関する「読者諸氏への小説仕様上の注意」の一文だが、作り物語り作者としての(=くそリアリズム振りかざす作者・読者からの不当かつ噴飯ものの指弾の的となり易い立場からの)極めて妥当な自己弁護の物語として、引用しておく。
 <引用者よりの注意書き> 小説読者の教育用に限定して使用のこと。 ジャーナリスティックなライターの我田引水流用、厳禁!
 <参考資料> 同種のモチーフによる異質の作品として、太宰治の「恥」もみるべし。

<た>

杜子春(とししゅん)
 ・・・繁栄を極める古代中国の都に、将来どころか明日の見込みもない一人の若者、杜子春がぼんやり夕暮れの中にたたずんでいると、一人の不思議な老人がいきなり現われて、彼に不思議な予言を授けるのだった・・・
★★★★ 太宰治に『走れメロス』あり、芥川龍之介に『杜子春』あり・・・教科書に載せたい/子供たちに読ませたい日本文学の双璧が、ともに異国の昔に範を取っている点も皮肉と言えば皮肉な話かもしれない。
 もう少し皮肉の話をするならば、太宰は、幾多の知り合いに不義理を重ねた末、無垢なる友との命懸けの友情の物語を書いて(後の世の)人々から賞賛された。日本帝国の中国大陸侵略に歩調を合わせての新聞記者活動から引退後、急激に心と身体をむしばまれ、支配する者・される者の弱肉強食関係の歯車が轟音立てて回る時代の「将来に対するぼんやりした不安」の果てに、芥川は自ら命を断つことになる。そんな芥川がすがった一筋の細い蜘蛛の糸は、「父・母の愛」 ― 「友情」でもなければ「正義」でもない、我が子のためなら地獄の責め苦にも耐え切り何のみも含まぬ肉親の情愛 ― これを、美しいと見る感性は(幼年期には)大事だ。が、この物語に込められた真の悲しさを知る感性なき者は、文学に「触れる」ことはともかく「語る」ことなど許されぬ。
 太宰は、こうも書いている ― 「家庭の幸福は諸悪の」・・・いまや、日本も、アメリカも、そのすがる先はみなことごとく「ファミリー・タイズ:身内(だけ!)の」の蜘蛛の糸・・・「ファミリーになれ。さもなくば、エネミーとして死ね!」というこの時代、人々の心を支配するのは「ぼんやりした不安」などではない「濃密なる排他主義の威圧感」なのだ。
 ・・・それぞれの時代に、それぞれなりの状況下で、立派な仕事を終えて共に自死して果てた芥川と太宰に、いまさら「もし君たちが今の世に生きていたら」の怠惰な仮想のIFを投げ掛けるのは、文芸的想像力に欠ける人間の愚挙に過ぎまいが、今の時代に彼らが書ける物語、必死で賭ける物語には、もう、親子もなければ友情もあるまい・・・筆者は、それを断言できる:彼らは、陳腐な作家じゃないのだから・・・そこから先に、なるたけ切れぬ蜘蛛の糸を、いったい何に求めるべきか?・・・それは、あなたがた自身の物語。描く想像力のない者は、くすぶりながら朽ち果てるまで生きるがよい。今は、そんな時代である。
 お前なら何を描くか、って?・・・あなた、英語は読めますか?・・・読めるようなら、もうじきお見せしますよ、21世紀以降の人類の黙示録。すがりつくべきものの姿より、かなぐり捨てるべきものの正体を、仙人の筆で淡々と列記しただけの、想像の余地の多い創造の素地の年代記をね。

トロッコ(とろっこ)
 ・・・鉄道工事現場の、作業員を乗せて走る手押し車のトロッコは、少年の目には単なる移動用作業車以上の魔法の乗り物のように映っていた。作業員のいない現場で友達数人とひそかに押しては飛び乗って遊んだりしながらも、この魔法の車に乗っての本式の滑走体験などは、夢だろうなぁ、と思っていた少年は、ある日思いがけず、気のよさそうな若い作業員の二人連れがトロッコを押すのを手伝って、その夢のような冒険旅行に旅立つ幸運に恵まれたのだが・・・
★★ 「a point of no return:ポイント・オブ・ノー・リターン=引き返しの効かない場所」に関する象徴的物語で、芥川作品としては上出来とは言えないが、彼の文学の本質的方向性を示すのには、こういう小品をせておくのも悪くないだろう。来春のことをふと思う大学3年生とか、彼氏と付き合い始めて2年目の秋風吹く適齢期の彼女とかには、格別な味わいがあるはずのショートストーリーである。

<は>

鼻(はな)
 ・・・時は平安の昔、顔の真ん中にソーセージぶら下げたような奇相の僧侶がいて、日々その長い鼻を気にしていた。普通の鼻にするために、あれこれ治療を試みた末に、見事本願達成した僧は、「これで他人から笑われなくなる」と大喜びだったが、周りの人々の反応は・・・
 ★★★★ 『宇治拾遺物語』(鼻長き僧の事)を原典に、人間心理の微妙な綾を絵画的イメージで表わした芥川龍之介初期代表作の一つ(彼はこの一作をもって夏目漱石に認められた)。この種の心理描写を肝としつつも何らかの象徴的具体物を軸線に展開する作品の「長さ」の妥当水準を知るには、この「鼻」の短さと、失敗作「芋粥」の長大さとを見比べるとよい。

ひょっとこ
 ・・・花のお江戸の行楽シーズン、川下りの舟の上でひょっとこの面つけてバカ踊りの男のひょうきんぶりに、同舟の客も橋の上の見物人もみな大喜び。その足下はいよいよ怪しくなってきて、観客ますます大騒ぎの中、他の舟の立てる波頭のあおりを受けてドタッと倒れたこの男は、間もなく脳溢血頓死してしまう。その死にに残した男の最期の一言は・・・
★★ 芥川最初期の習作に近い小説。作中に登場する「Janus(ヤヌス)の双面」は(ギリシア)ローマ神話/「どうだい、あの腰つきは」「いい気なもんだぜ、どこの馬の骨だろう」「おかしいねえ、あらよろけたよ」のくだりは吉田兼好の『徒然草』四十一段(五月五日、加茂のくらべ馬を見侍りしに・・・)と、芥川の持ち味である「古典文物に触発されての独自のイメージ志向」(シナリオライター的資質)が(見事に、とはまだ言えないが)発揮された一作。同一テーマ(=現実の虚構性)で書かれたほぼ同時期の(かなり理屈っぽい)「創作」と並べて読むとよい。

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羅生門(らしょうもん)
 ・・・平安の世も末の、荒れ果てた京都にある羅生門は、そのの中に死人を捨てて行く者もいるため、夕刻になるとカラス以外の誰も寄り付かない。そんな不気味な門の下に、主人からクビを言い渡された一人の下人が、途方に暮れて座っていた。降りしきる雨の中、夜明しの場としてこわごわ羅生門の楼への梯子を登った下人が、その奥に見たものは・・・
★★★★★ 人の世の正義も悪事も、相対的な対人力学に過ぎぬもの・・・この辛辣なる人間心理の真理を言い表わすには、芥川が用意してくれた「羅生門の下に広がる黒洞々たる闇」の絵画的イメージ一つで事足りる。(ちなみに、これは「芥川龍之介」の筆名による彼の処女作である)
 公家の世が終わり、武家の世に移らんとする混乱期を舞台とする十三世紀初頭の説話に取材したこの恐ろしく怜悧に精確な生存競争の物語は、旧来の世の仕組みが急激に消え、新しいと思っていた何かさえいつの間にか寂れ果てて誰も寄り付かなくなる二十一世紀の羅生門世界に、なりふり構わず生きる現代人にとって、一読の価値があるとか何とかの形容には到底収まり切らぬ、自らを映す残酷な鏡の中の物語のよう・・・これを読まずに芥川は、否、文学は語れない;が、これを読んでしまえば、もう、今までのようには善悪そのものも、語れない・・・。