【あり】【はべり】昔は【き】【けり】【つ】【ぬ】【り】【たり】

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座  読者は御存知だろうか、日本語には、今も昔も「過去形」がないという事実を。  驚くことはない:お隣り「中国語」の動詞にも「現在形」しかない。そこにContinue reading… 【あり】【はべり】昔は【き】【けり】【つ】【ぬ】【り】【たり】

方丈記006)大地の激震・人の変心(元暦大震災:1185年7月9日)

 また、同じころとかよ、おびたたしく大地震ふること侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて、河を埋み、海は傾きて、陸地をひたせり。土裂けて、水湧き出で、巌割れて、谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ舟は波にただよひ、道行く馬Continue reading… 方丈記006)大地の激震・人の変心(元暦大震災:1185年7月9日)

佳日

佳日 太宰治  これは、いま、大日本帝国の自存自衛のため、内地から遠く離れて、お働きになっている人たちに対して、お留守の事は全く御安心下さい、という朗報にもなりはせぬかと思って、愚かな作者が、どもりながら物語るささやかなContinue reading… 佳日

千代女

千代女 太宰治  女は、やっぱり、駄目なものなのね。女のうちでも、私という女ひとりが、だめなのかも知れませんけれども、つくづく私は、自分を駄目だと思います。そう言いながらも、また、心の隅で、それでもどこか一ついいところがContinue reading… 千代女

座興に非ず

座興に非ず 太宰治  おのれの行く末を思い、ぞっとして、いても立っても居られぬ思いの宵は、その本郷のアパアトから、ステッキずるずるひきずりながら上野公園まで歩いてみる。九月もなかば過ぎた頃のことである。私の白地の浴衣も、Continue reading… 座興に非ず

葉桜と魔笛

葉桜と魔笛 太宰治  桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まContinue reading… 葉桜と魔笛

令嬢アユ

令嬢アユ 太宰治  佐野君は、私の友人である。私のほうが佐野君より十一も年上なのであるが、それでも友人である。佐野君は、いま、東京の或る大学の文科に籍を置いているのであるが、あまり出来ないようである。いまに落第するかも知Continue reading… 令嬢アユ

ひょっとこ

ひょっとこ 芥川龍之介  吾妻橋の欄干によって、人が大ぜい立っている。時々巡査が来て小言を云うが、すぐまた元のように人山が出来てしまう。皆、この橋の下を通る花見の船を見に、立っているのである。  船は川下から、一二艘ずつContinue reading… ひょっとこ

恥 太宰治  菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。サムエル後書にありました。「タマル、灰を其の首に蒙Continue reading…

創作

創作 芥川龍之介  僕に小説をかけと云ふのかね。書けるのなら、とうに書いてゐるさ。が、書けない。遺憾ながら、職業に逐はれてペンをとる暇がない。そこで、人に話す、その人が、それを小説に書く。僕が材料を提供した小説が、これでContinue reading… 創作

悪魔

悪魔 芥川龍之介  伴天連うるがんの眼には、外の人の見えないものまでも見えたさうである。殊に、人間を誘惑に来る地獄の悪魔の姿などは、ありありと形が見えたと云ふ、――うるがんの青い瞳を見たものは、誰でもさう云ふ事を信じてゐContinue reading… 悪魔

トロツコ

トロツコ 芥川龍之介  小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まつたのは、良平の八つの年だつた。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行つた。工事を――といつた所が、唯トロツコで土を運搬する――それが面白さに見に行つたのでContinue reading… トロツコ

眉山

眉山 太宰治  これは、れいの飲食店閉鎖の命令が、未だ発せられない前のお話である。  新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏Continue reading… 眉山

水仙

水仙 太宰治 「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。  剣術Continue reading… 水仙

親友交歓

親友交歓 太宰治  昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。  この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬContinue reading… 親友交歓

古典風

古典風 太宰治 ―― こんな小説も、私は読みたい。(作者) A  美濃十郎は、伯爵美濃英樹の嗣子である。二十八歳である。  一夜、美濃が酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。さして気にもとめずに、廊下を歩いContinue reading… 古典風

走れメロス

走れメロス 太宰治  メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であっContinue reading… 走れメロス

鼻 芥川龍之介  禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのであContinue reading…

芋粥

芋粥 芥川龍之介  元慶の末か、仁和の始にあつた話であらう。どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさへゐてくれれば、よいのである。Continue reading… 芋粥

富岳百景

富嶽百景 太宰治  富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らずContinue reading… 富岳百景

桜桃

桜桃 太宰治    われ、山にむかいて、目を挙ぐ。                 ―― 詩篇、第百二十一。  子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よContinue reading… 桜桃

家庭の幸福

家庭の幸福 太宰治 「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚」という種属の正体はどんなものなのか、また、それが、どんContinue reading… 家庭の幸福

おぎん

おぎん 芥川龍之介  元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。  天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、その頃は一層このContinue reading… おぎん

杜子春

杜子春 芥川龍之介 一  或春の日暮です。  唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでゐる、一人の若者がありました。  若者は名は杜子春といつて、元は金持の息子でしたが、今は財産を費ひ尽して、その日の暮しにも困る位、Continue reading… 杜子春

新樹の言葉

新樹の言葉 太宰治  甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来てContinue reading… 新樹の言葉

黄金風景

黄金風景 太宰治 海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて ―プウシキン―  私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊Continue reading… 黄金風景