blog0002)「本」じゃ咲かない作家の花

<「本」じゃ咲かない作家の花>
by 之人冗悟(Noto Jaugo)

●「作家」=「印税」や「原稿料」で喰ってる人達・・・?
 世に「売文稼業」というのがあって、「一枚なんぼ」・「一文字いくら」の取り決めで出版業界(「本」を出す会社)に文章を売って生計の手段とする人々がいる。文章を書く人を英語で言えば「writer:ライター」、その和訳が「作家」のわけだから、「文章書きが商売」の彼らを「作家」と呼ぶことも可能・・・だが、「ライター」と「作家」の間には、伝統的な日本語感覚からすれば、かなり大きなズレがある。それは何故だろう?
●「作家」と「ライター」はどう違う?
 「作家」という名が似合うのは、「推理小説作家、江戸川乱歩」とか「怪奇小説作家、エドガー・アラン・ポー」とか「歴史小説作家、司馬遼太郎」とか、独自の想像を原材料に書いた文章で商売する「独立独歩の創造者」であろう。
 これに対し「ライター」は、「自分自身の世界を創る」のではなく、自身から独立した客観世界の様態について、「報告・解説する立場で文章を書く」。
 「作家」と「ライター」の和風違和感に関する定義は、上のものでほぼ間違いなかろうが、これらの職種の人々は、ぶっちゃけた話、儲かっているのか、それ以前にまずモノを書くという営みだけできちんと生活できているのだろうか?・・・「人による」だの「概括論は意味がない」だのの意見もあろうが、論理的に考えて間違いのない推定ならば、概括論としても意味をなすであろう;ということで、ライターの種類別に、それぞれの生計の立ち易さ・厳しさについて、書き出してみることにしようか。
●専門知識の高度・深度が求められる技術系ライター
 コンピュータを初めとする先端技術の最新情報の報告や解説をする「technical writer:テクニカル・ライター」や、難解な科学の専門知識を一般人向けに紹介する「science writer:サイエンス・ライター」、医療関係の様々な話題(医学そのものならぬ医療倫理も含む)をネタに文章を書く「medical writer:メディカル・ライター」等々、専門技能を前提とした各種ライターは、その需要に対して供給(有能な人材)が相対的に少ないため、この分野に強みを持つライターは、その需給バランス(=売り手優位)を活かして、比較的恵まれた原稿料(少ない分量で多額の報酬)を得ていると思ってよいだろう。
 更に概括論を追記すれば、彼らの原稿の価値は、高度に専門的な話題を正確に紹介する技能に負うものであり、その文章の善し悪しで評価される筋合いのものではない。現実に、この分野で書き散らされる文章は多く拙劣であるし、それをまた(専門技能の知識に比して、言語技能は必ずしも高くない専門家が)翻訳した文章がますます訳のわからぬものとなる傾向が強いのも、当然のことである。この困った真実ゆえにこそ「専門技術系文物は翻訳では絶対に読むな!原文でのみ読むべし!」という鉄則を、その分野の専門家(特に学生)は肝に銘じる必要がある。現代社会に於いてはこの種の論文はほぼ全て(実質的な)国際公用語「英語」で書かれているから、いかなる専門技術の研究者にとっても英語力の欠如は致命的、ということになる。が、技術系ライターの書く内容は、文章として拙劣なものが多いのと引き換えに、その分野の専門用語の数々とそれら相互の論理的関係さえわかれば、それ以外の文章内容など一切無視しても意味が通じるものばかりと言って過言ではない(もしそうでないなら、その技術系論文の原文筆者自身が、自分で何を言っているかわからずに書いており、その論文自体無意味、と結論しても間違いではない)。真剣な研究者のために今一度繰り返しておく:「専門技術系論文は、簡単に読み解けるのだから必ず原文(英文)で読め!翻訳だけは間違っても読んではならない!自分の専門分野の記号読み解きゲームを放棄し、安易な翻訳に頼る惰弱さでは、本筋の専門家になれる道理がない!!!」(・・・こうまで言っても聞く耳持たぬ読者諸氏は、好きなだけ、原文より遥かに理解困難な頓珍漢な翻訳本、頭ひねりながら読み続けるがよろしい・・・)
●名のみがモノ言う非技術系ライター
 上記以外の分野に於ける「ライター」の世界は、一言で言えば「人気商売」である。その分野に話題性がある間は原稿も高く売れる;当該分野で目立った仕事をした(カルト集団のルポルタージュ書いて命を狙われた、とかのラッキーな体験つきの)ライターの原稿料は更に高くなる。が、話題性の低い分野や、無名のライターの書いた原稿には、あまり期待は持てないだろう。
 人気の要素はそれのみにとどまらない。「芸能ライター」、「風俗ライター」、「うまいものライター」、「文芸ライター」、「老人問題ライター」等々等々・・・ライターの種類も千変万化、各分野の「専門ライター」が他分野の「専門家」をも兼ねる場合も珍しくなく、誰でも名乗ればたちまち「・・・の事情に大変詳しいライターの**」ということになってしまうから、どの分野でもたちまち周囲はライバルだらけ・・・抜きん出るのは、難しい。「専門ライター」続出で陳腐化した分野では、需給バランス(=買い手優位)の経済原則の当然の帰結として、各ライターの原稿料は低落して「百円ライター」状態・・・いずれは低額の原稿依頼すら舞い込まなくなって、その分野に関しては「ライター廃業」の憂き目を見ることになる。絶えず進歩し続け、ネタに事欠かないばかりか、それを正しく報道する力量のある者も少ない「WEBライター」や「パソコン・ライター」や「先端医療ライター」には向こうの方から仕事が舞い込み、放っておいても食いっぱぐれがないが、「その他諸々ライター」はまさに「使い捨てライター」状態・・・しょっちゅう「転職」を繰り返し、肩書き兼務は当たり前・・・とても安定した商売とは言えない。
 そんな「その他諸々ライター」だけに、独自性の主張のためには、かなりエゲつないことまでして目立たなければ生活はできない。「話題を追う」より「話題を作る(=火のない所に煙を立てる)」ことに走る「芸能ライター」の行状なんぞは、大方の現代人ならそれこそもうヘドが出るほど見せ付けられているはずである。名を上げて、話題を作って、仕事を創る;そうでもしなけりゃ生活できない・・・そうした宿命の臭味を引きずるからこそ、「ライター」を「作家」と同義語扱いすることに、大方の日本人は違和感を抱くわけである。
●現代「作家」の「ライター」→「芸能人」化現象
 しかし、上に記した概括論は、概括論の常として、現代日本という個別的現実には、あまり当てはまらないようである。現代の「作家」は、大方は「ちょっとは名の知れたライター」の立場をも(例によって複数の分野に於いて)兼務している。
 そしてまた彼ら「作家」の日本に於けるステータスは「ライター」よりも高いので、その威光を利用して、「作家」は更に次の2点に於ける「売名行為」の特権をも得ることになる:
1)TV・ラジオ等の大量露出メディアに於ける「文化人代表コメンテーター」
2)各種講演会に於ける「有名文化人講演者」
 金銭的にも売名効率の観点からも、前者の方が遥かに割が良いので、節操のない「作家先生」の場合、本業そっちのけで「テレビ局御用達文化人」の様態を呈することとなる。
 「作家」というものに関する伝統的畏敬の念からすれば、上記の実情は実にさもしいものと言うべきであろう;が、「創造的仕事に従事する者たち」は「作品の出版・流通を牛耳る出版業界人を喰わせるために働いている集団奴隷(作品単価は低いし、いくら売れても儲けの9割は業界が持って行き、自分達の手元には1割しか戻らない)」という現実を思い出せば、こうした「本業の物書き以外での金儲け」へと「作家」が走るのは、必然の現象と言えるのだ。
●「売文」じゃ食えぬ・・・「売名」で食え!
 「ライター」と違って、「作家」の仕事に粗製濫造は効かない。ただでさえ多くは書けない作品の「原稿料」と、いくら売れてもその10分の1以下しかめぐんでもらえない「印税」だけでは、「作家」が食って行くのは大変である。出せばたちまち爆発的大ベストセラー、という大物作家ででもない限り、テレビ番組への頻繁な出演料ででも補填せぬ限り、本業の原稿料・印税だけでは生活は苦しい・・・それが作家の貧弱な実情なのだ。
 そんな「作家」の苦しい生活を支援するのに、その「作家」の作品を売って(&その9割を自らの利得としてせしめて)いる「出版業界」は、何をしてくれるであろうか?・・・「印税率」を売上げの3割とか5割とかに格上げしてくれるであろうか?・・・そんなことはない。「作家」の「作品」から得られた「金」は、専ら「出版業界」に回すためにあるのだ。では、「作家」には何も回さないで使い捨て、なのか?・・・いやいや、待ってくださいよ一般人の皆さん、それじゃあまるで我々「出版業界」が徹底した悪者の搾取者みたいじゃありませんか。そこまで悪く言われちゃあ、我々としては困ります。そこにはちゃーんと「作家」の先生にとってオイシイ条件を用意してあるのが、この業界の仕組みなんですってば・・・まぁ、「作家」ばっかじゃなく我々「出版業界」にも当然旨味のある話なんですけどね・・・あ、それと、当然のことながら、以下に書くのは「売れっ子作家先生」限定の話ですから、そのおつもりで読んでくださいな。
 そもそも、「出版業界」が何のために「**文学賞」とか作ったり、TV・映画と作品のタイアップしたりすると思います?「作家という名の商品価値」を高めるための売名行為に他ならない、ってことがおわかりいただけます?そうして高めた「有名作家」の名があれば、作家の先生はそれこそ引き手あまた!ある程度売れればどこぞの地方都市での「文化講演会」にお呼びが掛かります。もっと売れれば「TV番組の文化人コメンテーター」としての仕事が入ります。更にもっと知名度が上がれば「テレビ・コマーシャル出演依頼」も夢じゃありません:そうなりゃ、アナタ、CM一本出るだけで、ヘタな本なんか数冊書くよりずっと高額な出演料で、濡れ手に粟のボロ儲けですよ・・・こんな羨ましい話がありますか?その御膳立てしてあげたのはどこの誰ですか?私達「出版業界」の涙ぐましい営業努力の賜物じゃありませんか!?そうして大有名作家の先生が、テレビや講演やCM出演でン千万円の本業以外のボロ儲けせしめても、我々は「分け前よこせ!」なんて言えないんですよ!我々に許されるおこぼれと言ったら、アナタ、いつまでたっても「本の売上げの9割」だけ!!!
 もっとも、そうして「有名作家先生」がせっせと売名行為を重ねた末にゃあ、その高まった名前の分だけ多くの買い手が付くわけだから、まぁ、その分だけ我々「出版業界」にとってもオイシイ話、ってことは確かに言えますけどね。
 ところが、アナタ、聞いてくださいよ、中には、何を勘違いしてるのか、「自分は、曲学阿世の売名作家とは違う!作家は作品のみにて勝負するのが本分、テレビ芸人化した志の低い連中と一緒にするなっ!!!!」なんて息巻いて、折角我々が用意した有名作家への御膳立てを、土足で蹴っ飛ばして書斎に籠もった末に、当然のごとく忘却の彼方へと消えて行く(なぁーんにも現実が見えてない)困ったセンセもいるんです・・・ああいう人達は、何を勘違いしてるんでしょうかねえ、そんなに沢山ベストセラー本書ける創造的活力が自分にはみなぎってるとでも自惚れてるんでしょうかねえ、どんなに売れても所詮実入りは10分の1しかない我が身の財務状況を計算できる程度の基本的算術能力も備わってないんでしょうかねえ、「作家」は「人気取ってなんぼ」なのに、「文章書いてなんぼ」とか「本売れてなんぼ」とか「黙々と苦労してなんぼ」とか、呆れた夢想の中でカスミ喰って生きてるのが好き、なんでしょうかねえ・・・ま、そうした見下げ果てた現実無視の苦労の果てに消えて行くのはその人たちの勝手だけれども、折角「**賞受賞作家」とかに祭り上げてやった「出版業界」の先行投資の努力の数々を、台無しにした責任ぐらい取ってもらいたいものですけどねえ・・・もうどうにも売れっこなくなっちゃった「元、売れっ子作家(候補)」になんざ、損害賠償できる財力もありっこないわけだから、ま、我々「出版業界」としては、そういう不心得者の「純粋作家気取り」連中には、以後、「**賞」はおろか、この業界にまつわる一切の仕事からの村八分状態・出入禁止・無視黙殺体制、という形でお灸を据えて、その他の「作家志願者」連中への見せしめにするぐらいの弁済策しか残されていないのだから、同情してくださいよ・・・そんなことしたって、我々「出版業界」としては「ざまぁみろ!」って言えるだけで、「金返せ!」とは言えないわけですからね、こんなヒドいバカな話ってありますか!?我々がせっせと「未来の有名人養成コース」として用意した登竜門を、ずけずけ鉄面皮でくぐり抜けた挙げ句に、「自分は有名になりたくない!」なんて、そんなの詐欺ですよ、アナタ、そう思いません?有名になりたくてなりたくて死ぬほどの思いで落選作何十本も懲りずに投稿してくる他の連中に失礼だとは思いません?有名になりたくないなら作家賞なんて最初から応募してくるのは間違いだって思いません?受賞賞金だけ分捕って業界のために有名になる義務は放棄するなんて許されないことだとは思いません?!・・・え?思わない?有名になりたい・なりたくないは作家の自由だ?・・・あーぁ、これだもの、「出版業界」って、ホント、誤解されてるんだよなー。いいですいいですもういいです、わかってない人に何言ってもわかりっこないから、言ってるうちにこっちが頭きちゃう。ハイ、そういうことで、もうサイナラ!
 ・・・上、この筆者の純然たるフィクション・・・だったらいいのになぁ、と、心底そう思う。それならそれで、「作家」の世界に夢を託す余地はまだ、残されているということだから。え?フィクションだったら、「出版業界」がお前をタダじゃおかないぞ?!・・・ぁはは、それも夢のある話でますますいいですねぇ、この虚構的創造力を見込んでわんさか創作依頼が舞い込んでくるなんて・・・ぁ、でも、ダメだな;いくら話がよく出来ていても、いくら本がたくさん売れても、得られる見返りは「1割以下の印税」・・・これじゃ、ダメだわ、労苦に実入りが見合わぬこと、てんで話になりません・・・はい、やっぱ何にせよ(イチャモンにせよ御依頼にせよ)御遠慮しますよ「出版業界」サン;出す時は、自分で出します、筆者の本は。出ずもがなの場に、あんたがたの言いなりに引っ張り出される猿回しモンキーみたいな身売りするつもりゃあござんせん(・・・当方、書くのに、忙しいのよ、ホント)。「売名なんてしない!」なんて阿呆な事は言いませんけど(「宣伝なくして売上なし」は現代商業世界の揺るぎない鉄則だからね)、その名を売るのに、売上げ全体の9割もの高ーい広告宣伝費を「出版業界」の言いなりに支払うほど、こちらの経済観念は麻痺しちゃーおりませんので、さぃなら、ばいばい、チャーォ!(どうぞお達者でー・・・いられるもんならガンバってぇー)
●結論
 ・・・ということで、まとめです:
「作家とは、まず一作で名を上げて、その名でメディアに取り上げられて、名前を散々売りこんで、時にはまたぞろ本出して、名前の力でもっと売る・・・基本的には芸能人、書くこと以外で稼げるようでなきゃ、食ってはいけない不思議な商売」・・・ななな、なぁーんて結論!大事なのは中身じゃなくって名の方なのさ、作品じゃなくって作家で売るのさ、せっせと売名しない作家が切磋琢磨して名文書いても、買い手はだぁーれも見向きもしない、売文だけじゃあ食えもしない、売名そのものが商売なのさ、それを知ってる者だけが、せっせと演じる有名ゴッコ・・・それこそが、今の日本の作家の正体(で、ないといいのに、と筆者は心底、そう思います)。
-おーわりぃ-

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