ろまん燈籠
ろまん燈籠 太宰治 その一 八年まえに亡くなった、あの有名な洋画の大家、入江新之助氏の遺家族は皆すこし変っているようである。いや、変調子というのではなく、案外そのような暮しかたのほうが正しいので、かえって [...]
佳日
佳日 太宰治 これは、いま、大日本帝国の自存自衛のため、内地から遠く離れて、お働きになっている人たちに対して、お留守の事は全く御安心下さい、という朗報にもなりはせぬかと思って、愚かな作者が、どもりながら物語るささやかな [...]
千代女
千代女 太宰治 女は、やっぱり、駄目なものなのね。女のうちでも、私という女ひとりが、だめなのかも知れませんけれども、つくづく私は、自分を駄目だと思います。そう言いながらも、また、心の隅で、それでもどこか一ついいところが [...]
座興に非ず
座興に非ず 太宰治 おのれの行く末を思い、ぞっとして、いても立っても居られぬ思いの宵は、その本郷のアパアトから、ステッキずるずるひきずりながら上野公園まで歩いてみる。九月もなかば過ぎた頃のことである。私の白地の浴衣も、 [...]
葉桜と魔笛
葉桜と魔笛 太宰治 桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年ま [...]
令嬢アユ
令嬢アユ 太宰治 佐野君は、私の友人である。私のほうが佐野君より十一も年上なのであるが、それでも友人である。佐野君は、いま、東京の或る大学の文科に籍を置いているのであるが、あまり出来ないようである。いまに落第するかも知 [...]
心の王者 / 困惑の弁
心の王者 太宰治 先日、三田の、小さい学生さんが二人、私の家に参りました。私は生憎加減が悪くて寝ていたのですが、ちょっとで済む御話でしたら、と断って床から抜け出し、どてらの上に羽織を羽織って、面会いたしました。お二人と [...]
恥
恥 太宰治 菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。サムエル後書にありました。「タマル、灰を其の首に蒙 [...]
眉山
眉山 太宰治 これは、れいの飲食店閉鎖の命令が、未だ発せられない前のお話である。 新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏 [...]
水仙
水仙 太宰治 「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。 剣術 [...]
親友交歓
親友交歓 太宰治 昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。 この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬ [...]
古典風
古典風 太宰治 ―― こんな小説も、私は読みたい。(作者) A 美濃十郎は、伯爵美濃英樹の嗣子である。二十八歳である。 一夜、美濃が酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。さして気にもとめずに、廊下を歩い [...]
走れメロス
走れメロス 太宰治 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であっ [...]
駈込み訴え
駈込み訴え 太宰治 申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなり [...]
富岳百景
富嶽百景 太宰治 富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らず [...]
桜桃
桜桃 太宰治 われ、山にむかいて、目を挙ぐ。 ―― 詩篇、第百二十一。 子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よ [...]
家庭の幸福
家庭の幸福 太宰治 「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚」という種属の正体はどんなものなのか、また、それが、どん [...]
新樹の言葉
新樹の言葉 太宰治 甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て [...]
黄金風景
黄金風景 太宰治 海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて ―プウシキン― 私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊 [...]
あさましきもの
あさましきもの 太宰治 賭弓に、わななくわななく久しうありて、はづしたる矢の、もて離れてことかたへ行きたる。 こんな話を聞いた。 たばこ屋の娘で、小さく、愛くるしいのがいた。男は、この娘のために、飲酒をやめようと決心 [...]
声