百一009解題)花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
『古今集』春下・一一三(小野小町:をののこまち)(女性)

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解題

 「いたづらに」・「ふる」・「ながめ」を巡り展開する錯綜(共通構造)の妙が、「小野小町」という伝説の美女の、盛りを過ぎんとする我が身を俯瞰する微妙な女心の揺れと相俟って、妖艶この上ないものへとこの歌を高めている。
 「いたづらに・・・何ら実のある結末を伴わずに」は、櫻花の場合、「ながめ+ふる=春の長雨が降る」ことで、花見客の足も遠のき、その美しさを愛でてくれる人々もないうちに満開の時期を過ぎてしまったことを指す。
 小町の場合、絶世の美女とわれ、幾多の男性の求愛を受けながらも、なびくべき相手を決めかねて拒絶を重ねつつ、理想の男性の出現を待ちびて過ごす年月(=ながめ・・・模様眺め/実は、私の理想にかなう男などこの世にはいないのではないか、との漠たる想念)のうちに、我が身はいつしか女盛りを過ぎてしまっていた(=ふる・・・古る/旧る/経る/歴る)という溜息まじりの気付き(=にけり・・・あぁ、もうそんなになってしまったのね)となる。
 花の中の花とされる桜と、花とわれた小町の容色とを、このようにオーバーラップ(錯綜)させるリンクワード(つなぎ言葉)が「いたづらに(空しく)」であるが、この語を通じて花と小町のイメージが重なり合うためには、直前の句(移りにけりな)が断定終止のを取っていては通じなくなる:そこでやんわりと、しかし着実な橋渡し役を演じるのが終助詞「な」である。試みに、上の句をこの「な」無しで書き直してみれば、この「にけり+な」の秀逸性が感じ取れるであろう:
*花の色ははや移りにき(桜花の色は早くも移ろってしまった)
・・・助動詞「き」の硬質感が突出してまるで仏教説話の如し
*花の色移ろひにけり(桜花の艶やかな薄桃色ももう終わりね)
・・・これだと二句切れの感が強くなる。即ち、後続の「いたづらに」は「桜花の色移り」には掛からず「小町の長年の物思い」にのみ懸かる「片効き」に終わる。
*花の色は移りにけらし(桜花は色移りしてしまったらしい)
・・・これもやはり後続の「いたづらに」との連関性が断たれるのみならず、助動詞「らし」は、直接確認不可能ながら確信だけはある事実の推量に用いるものなので、「相変わらず雨降りなので外に出てこの目で確かめられはしないけど、もうきっと大方散って葉桜になってしまっているに違いないわ」の意になり、大脳新皮質をフル活用して組み立てる理知的推論の色彩が濃くなり過ぎて、桜花が盛りを過ぎたことを目の当たりにして慨嘆交じりにく「移りにけりな・・・いたづらに」の大脳旧皮質ベースの心理的感慨ほどには、読む者の心には響かない。
 が、無論、この小町歌の真価は、そうした語句相互の織りなす有機的連関性という技巧面の卓越にあるのではない。「蝶よ花よ」と持て囃されていたのも今は昔、気付けば今は「古りぬる花」・・・という、かつて華麗な花盛りをみた女性ならではの切ない感慨が、妙に胸苦しい晩春の空気にも似た薄桃色の吐息となって全編に霞みたなびくその妖艶さが、万人の心の琴線を震わすのである・・・その慨嘆は、適齢期を過ぎんとする頃の切ない思いを実感(or予感)する女性にはひとしおのものがあろう・・・が同時にまた、そうした頃合いの女心を、直接には知らぬ無粋な男連中に知らしめる一助としても、この歌はまた貴重である・・・「命短し、恋せよ乙女」・・・本当に、男女を問わず、色々なことを感じさせてくれる歌なのである。英語ではこういう場合、こう言う:"This Komachi rhyme really captures the imagination of whole people, men and women, young and old, ancient and modern.(昔も今も、老若男女万人の心をむ小町歌、である)"
 『古今集』の著名な「仮名序」で、中心的編者紀貫之が「小野小町は、いにしへの衣通姫(・・・その美しさが、衣を通して光り輝いたという伝説の美女・・・)のなり。あはれなるやうにて、つよからず。いはば、よき女のなやめるところあるに似たり。つよからぬは、女の歌なればなるべし。」と評し、同集に十八首入集しているという事以外は、その素性の一切は謎のまま、果たして実在の人物か否かさえ怪しい小野小町だが、彼女の文芸的実在は、まさしくこの歌一つによって確定したと言っても過言ではあるまい。「若かりし頃より絶世の美女の誉れ高く、幾多の男たちの求愛を受けてきたが一人としてこれになびかず、やがて齢を重ねてからは、容色の衰えた我が身を嘆きつつ、独り身の寂しさに暮れる後半生を送ったという伝説の美女」という小町のイメージは、間違いなく、この歌により決したものである。
 そうして、たとえ架空の(例えば、和歌の世界に光り輝く女性スターを欲した『古今和歌集』の編者たちが自らの代詠により「創出」した)女流歌人だったとしても、この歌一つだけで、その人生の転変にあれこれ想像を巡らしたくなってくる・・・彼女が歌を作ったのか、歌が彼女を創ったのか・・・いずれにせよ、後の世の人々の心の中に、「伝説の美女 小野小町」は、確実な実体感をもって、生きている。

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