百一020解題)わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ

わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ
『後撰集』恋五・九六〇(元良親王:もとよししんわう)(男性)

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解題

 この歌の詠み手元良親王。彼の父は陽成院(第13番歌の作者)、母親は藤原連永女で、正妃の子ではないが、最初に生まれた第一皇子・・・ともなれば、次の帝位を継ぐ者、となるの人物であるが、陽成天皇は(摂政の立場にあった藤原基経の政治的思惑によって)7歳で即位/15歳で退位「させられた」人物である(正妃ったのも退位後である)から、元良親王に皇位が巡ってくることも当然なかった。
 この歌は、親王の父陽成天皇の二代後にあたる宇多天皇の(晩年の)寵妃として三人の皇子を生むことになる藤原時平の娘褒子(通称「京極御息所」・「富小路御息所」・「六条御息所」)との禁断の恋が露見した後の、逢瀬を断ち切られた苦しい胸の内を吐露したもの・・・結局、この悲恋は当然の如くそれっきりに終わるが、歌にあるように元良親王が「身を尽くし」て果ててしまった訳ではなく、54年の生涯のうちに、(記録に残っているだけでも)3人以上の妻と、7人以上の息子たちと、「色好みの親王」の名を後代に残して世を去っている。
 この歌は二句切れである。が、面白いもので、中途半端に歌学をかじってしまうと、これを二句切れと言い切り辛くなる条件に縛られてしまう。第二句末尾の「同じ」を終止形と見ることが出来ぬ限り、この歌を二句切れと指摘することは不可能である。換言すれば、直後第三句冒頭の「難波なる澪標」に掛かる連体形として第二句末尾の「同じ」を見る姿勢にわれ出すと、この歌を二句切れとは指摘できなくなるのだ。では、そのように「同じ」を連体形と読みたくなる姿勢はどこから生じるか?・・・直後の「難波なる」を「序詞」とみなすことを拒絶する姿勢から生じるのである。「難波なる」を、後続の「澪標→身を尽くし」を導出する以外に何の意味も持たぬ言い回し、即ち「序詞」とみなして読み流すことが出来ぬ限り、直前第二句末尾「同じ」を第三句冒頭「難波なる」に連体形で掛けて解釈するより他はなくなる・・・さもないと「難波なる」が浮いてしまうから・・・浮いてしまえばこの「なにはなる」は、直後の「みをつくし」を導く以外に意味のない語句と解釈せざるを得なくなるから・・・「なにはなる」を「序詞」とみなすことを拒絶する姿勢に縛られ続ける限り、この歌を二句切れと指摘することは不可能になってくるのである。
 では、何故この「難波なる」を「序詞」とみなすことを拒絶する姿勢が生じるか?・・・「序詞」を、「それ自体に意味はなく、後続の語句を導出するためにのみ置かれる文句」であるというその本質的特性に於いて捉えずに、「原則として二句以上にまたがる」とかいう非本質的ながら日本の古文業界に於いては実によく聞かれる空疎な文言金科玉条如く鵜呑みにする官僚主義的にして非文芸的な体質から生じるのである。そうした姿勢にわれている限り、この歌を二句切れと指摘することは不可能、という絡繰りである。
 そうした体質に陥っている者は、また、この歌を「二句切れ」と断ずる人をまえては、得意気に「いやいや、実は、そうじゃないのですよ・・・」と講釈垂れたがるものである。「序詞」を巡る歌学界の約束事を、自分は弁えているからこの歌を「二句切れ」とは読まない/あなたは弁えていないからこの歌を「二句切れ」と読んでしまう、という感覚に、まるで鬼の首でも取ったかのような顔で、得々として浸りたがるものなのだ・・・いやはや。
 「同じ」の文句を、安直に直後の「難波なる澪標」に掛かる連体形とすることで、「自分は、難波澪標と同じ」という解釈(それ自体は、半分までは正解)をするばかりで、もう一つ存在する「Xと同じ」を見落とすような「名ばかりの歌読み」体質に堕することなく、「身を尽くし、命を落としたとしても」「一応生きてはいるが、死んでいるような今の自分」と結局は同じ、というもう一方の等号の図式をもきちんとめる真正の歌読みであれば、次の事実を認識するであろう:
 「わびぬれば今はた」{同じ}→<難波なる澪標>とダラダラ連体形で垂れ流すのではなく、「わびぬれば今はた同じ」と歌のド真ん中に終止形を置いて唐突な二句切れで歌を一旦ぶった切ってしまえば、読者の心に「何なにナニ?いったいなにとなにがどう同じなわけ?」との強い疑問符を突き付けることが出来る。読者の心の中の探求心に火をつけるこの謎掛け姿勢こそが、実に、この歌の中核的な力となっている訳である。
 ・・・ここに至って読み手は次の事実にも気付かされることになろう:
 この歌は倒置構造になっている。即ち、論理的に言ってまず最初にあるべきは、第四・五句の「私は、貴女に、死ぬほど逢いたい。逢えたら死んでも構わない」であり、この過激なまでに強い思慕を自暴自棄と責める他者の(あるいは自らの心の)声を押し退けるが如く畳み掛けるのが、第一・二句の「わびぬれば、今はた同じ」であって、「この身命を賭けて逢瀬の喜びを味わった後で、死ぬ」(四・五句)ことは「愛し貴女に逢えずに死んだように、生きる」(一句)ことと「結局、同じことじゃないか」(二句)・・・「同じ死ぬなら、逢瀬の後での死を、逢えずに生殺しよりも、私は選びたい」と、後ろから前に返って読むことが必要な歌なのである。第二句で抱かされた「なにとなにが同じなわけ?」という疑問への解答を求めて第四・五句まで読み進んだ読み手は、ここに至っていま一度、第一・二句を読み返すことになる。そうして、詠み手の強い決意とその根拠について、今更のように気付かされ、圧倒されることになる。実に巧みな反復的誘導構造が生むパンチ力のある歌である。
 ・・・更にまた、鋭い読者なら、次の感覚をも抱くことであろう:
 この歌の中にあって、論理的に逆立ちしつつつながる上の句下の句の中間に位置する「難波なる」は、「身を尽くし」を導く「一句のみの序詞」としてのその無意味さ・軽さに於いて、こののっぴきならぬまでに張りつめた歌の、謎に満ちた前/後両句のつなぎ役という重要な場所に身を置きながら、実に、異質なまでに緊張感に欠けるだらけた間隙を生じさせている・・・とも取れるが、捉え方によっては、あまりに切羽詰まった命懸けの恋慕の流れを和らげるべく、作者自身が意図的(あるいは反射的・本能的)に置いた「」と感じ取ることも、満更不可能ではない・・・いわば、西欧作劇技法に於いて(特に悲劇のような重い流れの中で)重視される「comic relief:コミック・リリーフ=緊張の合間の笑える息抜き」にも相当するものであり、その意味でこの「なにはなる」の軽さを一方的に非難するのは、非文芸的ですらある。むしろ、たった三十一文字という余裕のない字数の中で、こんなオマケそのものとも言える文言んでなお、これほどまでの緊張感をもって対峙する上の句下の句の対照を内包し得るこの歌の張り詰めた構成には、逆説的な賛嘆を禁じ得ない・・・その意味で、この「難波なる」の無意味な空白感には、不思議な存在感が宿っている、とさえ言えよう。
 この無意味さを排除しようとして、即ち、後続語句の導出役以上の役柄を「難波なる」に是が非でも込めることでこれを「序詞」に非ずと主張しようとして、これを「名には成る」と読む者もいるかもしれない。「あの人と逢うことを慎んでいても、今となっては同じこと、不名誉な浮き名になることには変わりがないのだ。だから、この身がどうなろうとも逢いたいと思う」という解釈に持ち込むことで、無理矢理にでも「意味の真空」から「名には成る」の形で「難波なる」をい上げよう、という訳である・・・「序詞は二句以上たるべし」理論を墨守せんとしての事ならば、それはまぁ実に健気な努力というべきであろうが、無益な足掻きと言うしかあるまい・・・「名には成る」は未来形だが、この歌に於ける醜聞の場合は既に確定している。その既に世間に立ってしまった悪い評判ゆえにこそ、その不義の相手との逢瀬の道が閉ざされたのであるから、今更のように「(これから悪い)名には成る」もないものであろう・・・まぁ、そうした言葉の響きの上での連想を浮かべつつこの「難波なる」を見るのも、詩を読む態度としてはあながち悪いことではないが、無意味に意味を添えようとするその解釈に殊更にこだわれば、人前で恥をかくのはもとより、この歌そのものの興趣を著しく削ぐことになるので、やめておいたほうがよい。
 ・・・いずれにせよ、「難波なる」は、この歌全体の中に於いては完全に浮いており、間違っても{同じ}→「難波なる澪標」などという連体形の流れで解釈することを許さぬ「一句の序詞」でしかないのである。よしんば、馬鹿げた日本の古文業界のカビの生えた慣例に敬意を表して「二句以上にまたがらない以上、これは序詞ではない」と言い張ろうとも、用語遣いの如何に拘わらず、第一・二句と第四・五句との間にあって、この「難波なる」が宙ぶらりんの存在でしかないという事実だけは動かしようもなく、時系列・論理の流れからして逆行の関係で連なる上の句(一・二句)と下の句(四・五句)との意味上の連結役を果たしているわけでもない・・・即ち、この歌の全体的構造としては、この「なにはなる」なる意味の真空地帯をんで、前後が完全に別世界を構成しているという事実は、真正の歌読み/歌詠みにとっては自明のことであり、「なにはなる」を分岐点とする意味の転調による分断構造を内包するこの歌は、紛う方なき「二句切れ」なのである。
 「句切れ」という概念それ自体には、実は、何の意味もない。意味がないどころか、その用語遣いがあまりに恣意的過ぎて、唾吐きかけて踏みして跡形もなく消し去ってしまいたくなる場合の方が実に多い度し難代物なのである。
 例えば、英語では詩文以外でも日常的に用いられる呼び掛け話法に「頓呼法(apostrophe)」というのがある。眼前に存在せぬ相手や、自然物・概念を擬人化した上で、呼び掛ける例のやつ(例:"O, God!")である。当然、和歌の世界でも多用されるものであるが、この呼び掛けは感情的な高ぶりの表出であるだけに、その直後には当然、音調上の「休止(pause)」が置かれる・・・にもかかわらず、古文業界では「頓呼法」直後に「句切れ」を認めないという約束事があるのかどうか知らないが、呼び掛け直後に「句切れ」ありと指摘せぬ事例があまりに多い。第83番歌は初句「世の中よ」直後に(間投助詞「よ」があるため)句切れありとしながら、第12番歌「天つ風」・第100番歌「百敷や」は初句切れに非ずとするなど、各人の感覚のみに依拠するいい加減な仕分けが罷り通っており、きっちりした文法・修辞上の約束事とは間違っても呼べない代物である。
 また、意味の流れとして、決して切れてはいけない部分に「句切れ」を指摘する愚かな例も、古文業界には実に多く見受けられる。例えば第99番歌「人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は」が「二句切れ」と言われる場合がそれである。この歌は倒置構造であって、本来の語順は<(あぢきなく)世を思ふ故に物思ふ身は>「人も惜し、人も怨めし」である。この図式で解る通り、第一・二句は述部/第三・四・五句が主部であるのだから、両者の文法的連関が途中で断ち切られてよい道理がない・・・にもかかわらず、古文業界にはこの歌を平然と「二句切れ」と言い放つ専門家のセンセが多いのである。英語世界の論理的感性からすればこれは到底許し難いことだ。図式で説明しよう:
I am <so sad and mad> at folks of this crazy world.
(この狂った世界の連中のことを思うと、私は悲しいし、私は悔しい)
という英文の主部/述部を倒置構造に移し替えたとして、
<So sad and mad> am I at folks of this crazy world.
の冒頭部<So sad and mad>の直後に、意味・音調上の「句切れ」を置くような読み方を、英語世界の住人なら誰一人するものではない・・・が、古文業界の住人はそれを平然とするのである。少なくとも、こんな狂った所業を平然とする「自称専門家」の存在やその言い分を、いとも平然と認めているようである。こんな場合、「二句切れ」などといかにも「ぶった」言い方でカッコ付けたがる馬鹿な態度はく捨て去って、「二句目をんで倒置構造を内包する」という論理的に明晰な言い回しに固執する方が、傍目にどれだけ頭良く見えるかしれないし、傍迷惑な戸惑いを非古文業界人に対して与える弊害も消し去ることが出来る・・・のに、どうも、あちらの世界の人達はそれが出来ない(それとも、わからない?)ようなのだから、困ったものである。
 更にまた、「序詞」は、多くの場合、その直後で意味・情景が転換する、即ち直後に意味の断章を伴う構造であるというのに、「序詞」直後に「句切れ」を指摘すると、「それは*句切れ、とは呼ばない」とホザく古文業界人の鬼の首取ったかのような愚かな冷笑が待っていたりする。この態度には、心底、腹が立つ・・・連中の冷笑に腹が立つわけではない:バカに馬鹿にされて怒るほどこちらは馬鹿ではない・・・怒りを禁じ得ぬのは、論理性のかけらもないその無責任体質である。もし、<「序詞」直後には必ず「句切れ」が存在するから、自明の理屈を説く冗長性を排するためにこそ、序詞歌では、句切れを敢えて指摘しない>というのであれば、納得もできよう。ところが、直後に句切れを伴わない「序詞」だって存在するのである。現に、この20番歌の序詞「なにはなる」の直後には「句切れ」がないではないか!(直前の「いまはたおなじ」では二句切れになっているが、この「句切れ」は「序詞」が招く「句切れ」とは本源的に異なるものである)。直後に「句切れ」を伴わぬ「序詞」がある以上、直後に「句切れ」を伴う「序詞」ならば、きちんとその事実を指摘するのが筋というものであろう・・・が、日本の古文業界にはこの種の論理的正義が、往々にして通じない。物事を突き詰めて考える明晰さ・執念深く論理の道筋を辿ろうとする知的スタミナが、れ果てるほどに、欠落している。「いい加減」と言えばまだ聞こえがよいほうであって、有り体に言ってしまえば、「頭が悪い連中の理屈にもならぬ言い分が平然と罷り通り、賢い人々はまたこの世界を歯牙にも掛けずにひたすら無視し続けているので、一向に改善されることもない駄目世界が野放しになっている」というのが、日本の古文業界の現実なのである。
 とまぁ、否定的事実の指摘ばかりではつまらぬので、詩的考察を少々付言するとしようか。「句切れ」が詩文解釈に於いて辛うじて意味を為すのは、例えば次のような場合である・・・松尾芭蕉の有名な俳句が「{秋深き}<隣>は何をする人ぞ」なら「句切れなし」/「秋深し・・・隣は何をする人ぞ」なら「初句切れ」・・・だがこれとて、詰まるところ、連体形「深き」vs終止形「深し」という論じ分け方で十分なものであり、「句切れ」なる用語を持ち出す本源的必然性は全く存在しない。これを持ち出す時、その人物は、その用語を使うことで「何となくその道のっぽい感じ」を演出したがっているだけ、という場合が実に多い。述べていけない用語でもないが、なくてはならぬ性質のものでもないのだ。
 というわけで、歌を詠むにせよ読むにせよ、「句切れ」の意識など全く必要ないもの(少なくとも、「掛詞」を感じ取る語学的感性の必要性などには比すべくもない非本質的なもの)なのである。この「句切れ」なるものが意味を為す場面を、それでも意地悪い知的観察者の立場から指摘するならそれは、歌の真の意味・構成を読み解く能力の有無を分析的に検討する場合のみ、ということになろう。即ち、この20番歌を「句切れなし」と言ったり、逆に、9番の小町歌「はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに」を「二句切れ」と言い放ったりする歌読みがおれば、その者は、いかにもぶって「*句切れ」と口走ることで、実は、自らの解釈の不備を自己申告していることになる。そういう愚か者の勇み足を見抜くリトマス試験紙として「句切れ」なる用語が役に立つ、という寸法・・・その程度のくだらぬ方便としてならば使える代物だが、文法・文芸的には何の意味もないもの、それが「句切れ」である、と思っておれば(少なくとも一般の古文学習者・歌読みにとってはそれで)よろしい。

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