百一039解題)浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき

浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき
『後撰集』恋一・五七七(参議等:さんぎひとし)(男性)

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解題

 この歌は本歌取り。元の歌はこれ:
 浅茅生の小野の篠原ぶとも人知るらめやいふ人なしに(『古今集』恋一・五〇五・よみ人しらず)
 まばらなの茂る野に、じっとむ細い竹・・・の「」じゃないけれど、あなたを「」ぶこの気持ち、あなたは/世間はどうして知っているのだろうか、誰もそうだと言っていないのに。
 「ぶ」の「しの」と同音の「篠」を含むというだけの理由で用意された第一・二句「浅茅生の小野の篠原」は、第三句「ぶとも」を引き出す役割以外何も演じない「序詞」。「浅茅」・「小野」・「篠原」と並んで、まるで人の苗字のオンパレードみたいだけど、意味はそれぞれ「が密集せずぽつぽつと生えてるやつ」・「"野"にちょこんと"小"の字を付けただけ」・「細っちい竹の生えてる原っぱ」・・・並べてみたって、このトリオが導き出す後続の「ぶ=相手のことを愛しく思う」の意味との間には、何のイメージの連動性もない。つまりは、「序詞」の中でも一番つまらない「語呂合わせ型」ってこと。
 「ぶとも」は、ここだけ見れば「とも」の解釈次第で意味は二つに分かれて、「とも」を逆接の接続助詞と見れば「たとえ私があなたを恋しくったとしても」となり、格助詞「と」+係助詞「も」と見れば「"私があなたを恋しくっている"ということも」になるけど、後続部「人知るらめや」の「らむ」が、現在目の前にある状況の「理由」を問題にする表現で、「など・などか(何故)」を補って解釈すべき「私があなたを恋慕しているということを、何故、あなたは知っているのだろうか(伝える人もいないのに)」となるので、さっきのは「・・・ということも」の解釈が正解、と逆算で答えが出るところ。
 「人知るらめや」の「人」は、この詠み手が「ぶ=恋慕する」相手の「人」とも、「世間一般の人」とも取れる。結句の「いふ人なしに」の「人」は、この詠み手でも恋慕の相手でもない第三者の「他人・世間の人達」。
 結局、「私はあなたを好き・・・ってことを、あなたは/世間の人は知ってるみたい・・・誰もそんなこと言ってないのに・・・何故だろう?」って歌で、告白しないうちに「意中の人」に知られて喜んでるんだか、「世間の人」にバレて迷惑してるんだか、よくわからないヘンな歌で、横で聞いてるとじれったくなって、「・・・んじゃあ、自分の口からちゃんとその"あなた"に言っちゃっとけばよかったじゃん!煮え切らないヒト・・・」って言いたくなっちゃう感じの歌。
 この、たいした面白味もないイジイジと内気な元歌の、前半「序詞」部分はそっくりそのままいただいちゃった上で、こちら第39番歌は、後半部の意味を次のように変えてます:
 「忍ぶれど=恋しい気持ちを表に出さずにこれまでずっと来たけれど」・・・あれれれ?元歌は「ぶ=恋しいと思い続けてきた」だったのが、同じ「しのぶ」でもこちらは「恋慕」から「我慢」に化けてる訳ですね。
 古語の「しのぶ」に出会った時には、常にこの「忍ぶ=耐え忍ぶ」か「ぶ=思いう」かの選択を迫られます・・・あ、宛字はほぼいつも決まって「忍ぶ」だったりするけど、日本語では(古語に限らず)この種の表記がのっほホーンと無責任なので、「ぶ」のくせに「忍ぶ」の字に隠れて忍者みたいに「思いってる」場合もあるんだから、字面忍法に目くらましかけられて意味を見失うようじゃ、駄目ですよー。じっさい、上に引いた『古今集』の元歌だって、物の本の表記は「忍ぶ」であって「ぶ」じゃないのにその意味は「恋慕」なので、ややこしいからこの私が勝手に「ぶ」に書き換えちゃってあります:最初からひらがなの「しのぶ」にしといてくれれば面倒もないのに、ったく(ブツブツ・・・)。こういうヘンな表記の原文に馬鹿げた原典墨守主義貫いてる(ポーズとりながらその実脈絡をじっくり読んだ上での主体的な知的判断を怠惰にも避けてるだけの姑息な)日本人もいるし、他人にまでそんな態度を強要する寝ぼけた人たちもいるけれど、それは全くのナンセンス。ただの印刷屋さんにはその種の仁義も必要でしょうけど、表現者・解釈者が敬意を表すべきは「あるべき真義」のみであって、「原文の権威」ではないんだから。書き間違いだの恣意的改変だのがウヨウヨ漂ってることが(この解題文シリーズざぁーっとめてもらうだけでもわかるくらい豊富な実例を通して)実証済みの日本の古文世界にあっては、「だって、・・・には~って書いてあるんだから!」は愚かな卑怯者の責任逃れの遠吠えでしかありません。
 そういう訳でこの第三句、元歌の「しのぶ」は「ぶ=愛してる」なのを、本歌取り後では「忍ぶ=耐えている」に変えてあるのが、第一のポイント・・・嘘だと思う人は、それぞれの「しのぶ」を、逆転させて解釈してみるとよいですよ・・・とってもヘンなことになりますから。この解説者はその実験をしてみた上で、前者を「ぶ」/後者を「忍ぶ」と断定してる訳で(・・・実はこっちの「忍ぶ」が、この後"忍者化け"するんで、それもまたフォローすることになるんだけどね)、そうしたチマチマ勤勉な実証精神抜きには、いい加減な表記だらけの古文の世界なんて、とても泳ぎ渡れるもんじゃ、ありません(ゴボゴボ・・・)。あと、ついでに申し添えておきますと、こうしたグチャグチャ状況の結果として、古来「ぶ=思いう」/「忍ぶ=耐え忍ぶ」と区別されていた二つの文字・意味が、「もう、メンドーくさいから、ぜーんぶ"忍ぶ"で通して、"たえている"も"あいしてる"もいっしょくたにしちゃえば、いーじゃん!」理論により、混同されてる例も多いのであります・・・がッ、別種の几帳面な日本人のみなさんはきちんと「ぶ/忍ぶ」の使い分けを主張してたりするから、もーう、完全に無法状態の中での両者バトルロイヤル、堂々巡りで、どーよ、こうゆーの、みたいな感じなのが「ぶ」と「忍ぶ」って漢字・・・日本語なんて、そんなもの(・・・これ、古文だけの話じゃ、ありません)。
 話、元に戻って、「あまりてなどか人の恋しき=我慢しようにも思い余って、どうしてこんなにあなたが恋しいのでしょうか?」もまた、元歌では「人知るらめや=あなた/世間は、どうして知ってるんだろう?」とどちらかといえば相手/第三者に問いかける感じの外向性の表現だったのに、こちらでは自分自身の心を内省的に見つめる形になっていて、これまたベクトル違いで異質の趣向。
 んでもってここで再度顔を出すのが「しのぶ」さん。「あまりて」とあるけど、これって「思いが余って」ってことですけど、その「思い」って、この歌のどこにあるのかって、思いません?思うでしょ?その「思い」ってつまり「恋慕」でしょ?「恋慕」ってつまり「ぶ」でしょ?「しのぶ」ってつまり、さっきまで「忍ぶ」だった第三句のアレ、でしょ?あれが、この第四句「余りて」と手をつないだ途端、さっきまで「忍ぶ」って我慢してたのが、今度は「ぶ」って恋情へと忍者みたいに化けて、その「"忍ぶ"転じて"ぶ"」が余って爆発しそうなほどに「などか人(あなた)の恋しき・・・なんでこんなにあなたが恋しいのだろう?」につながる訳で、つまりこの歌の中だけでもうさっき指摘した「"しのぶ"を"忍ぶ"と"ぶ"に分けるなんて、ムリ!メンドーだからいっしょにしちゃえば?」的展開が見られる訳です。
 これで、薄々感じてもらえたんじゃないでしょうか、日本語に於けるこの種の「言葉の融合的境界線崩壊現象」の根本原因(の、少なくとも一つとなっているもの)を・・・そう、「掛詞」。和歌の修辞法として欠かせないこの「一つの語が、同じ形で異なる意味を表わして見せる修辞法」がある限り、「ぶ」と「忍ぶ」は、グッチャグチャに混じり合っちゃうのが道理というもの、それを、どちらか一方の漢字(or忍)だけで表わそうとすると、他方の漢字・意味を表わし損ねて、ヘンなことになったりする訳です。
 そこから、一つの重要な(・・・のに、あまり多くの日本人が知らず、教えられもせずにいる)「和歌に関するお約束」が生まれます:「掛詞として複数の意味を生じ得る語句は、漢字表記でその意味を一方に偏らせるべきではない」というのがそれ・・・ほれ、さっき、上の方でブチ切れて見せたでしょ、「"忍ぶ"(とか"ぶ")なんて書かないで、最初っからひらがなの"しのぶ"にしとけばいーのにっ!」て?あれって、これのことなんです。多様な解釈の可能性の幅を持たせるためには、短冊上に書く文字は、漢字表記はぜーんぶやめて「そうひらがなひょうき」(漢字で書けば、総平仮名表記)というのが、和歌の世界の(掛詞に歩み寄るために漢字を捨てた)割り切り方なんです(べつに、ひらがながすきだからやってるわけじゃないんです)。そればかりではありません、「清濁音の区別も廃止しちゃえ!」ってのもまた、掛詞を活かすための和歌界の表記上の工夫(手抜き、じゃないんです)。その結果出来上がるのが、例えば、次のような歌:
 <そうひらがなひょうき>うたうたふときはなかれてたゆたふてあけてしるよそみしかかりける COPYRIGHT (C) fusau.com 2009
 <漢字表記・・・複数可能性ある時は( )にて並記>歌ふ(時は名離れて)(時は泣かれて)(時は流れて)(時は流れで)揺蕩ふて明けて知る(痴る)夜(世)ぞ短かりける
 気分の赴くままに好き放題歌なんて歌って過ごす時は、名前も肩書きも忘れて、泣けてきたりしながらわいわいやって、時間がゆったり流れて、あるいは止まったように流れもせずにいて、そうして夜が明けてしまって、呆然と振り返ってみた時に、あぁ、あっという間だったなぁ、と気付くのだ(人生もまたそんなものかもしれないね・・・なぁーんて本来のの興趣から離れてぼぉーっと遠くを見る目線になりかけたりして、いかんいかん、お楽しみはまだまだこれからだ、さぁ、もういっちょ騒ぐぞぉーっ!)。
 (うえかけことはのためにかんしをはふくわかのしつれいをかんしてもらうためのしさくうたてした
 (上、掛詞に漢字を省く和歌の実例を感じて貰うの自作歌でした)
 ・・・和歌の平仮名表記(しかも清濁無視!)のヘンテコさの意味が、これでわかってもらえました?
 ・・・ついでに、(和歌の世界でもないのに)無意味に平仮名書き散らしてる人達が、読み手にどれだけ迷惑掛けてるかも、少しは感じてもらえました?(みなさん、かんじはきちんとかきましょう)
 という次第で、元歌も本歌取りも(ついでに自作のヘンテコ歌も)、総じて面白い歌ではなかったけれど、<元歌文言頂戴しても、趣旨だけはガラリと変えてみせる甲斐性ぐらい示してくれないことには、「本歌取り」なんてやっても駄目ですよ>という一つの見本として、藤原定家先生、大した魅力もないこの第39番歌を『小倉百人一首』に加えたのかもしれません。
 作者源等は、その"一字名"からも判る通り、"嵯峨源氏"の人で、嵯峨天皇のひ孫。官位は「参議(正四位下)」だからまずまず出世した人だけれど、歌人としてはあまり名の知れた人ではありません(『後撰集』に四首のみ入集)。"嵯峨源氏"自体もまた、初代の源融(第14番歌作者)の頃は羽振りがよかったけど、三代目あたりになると中央の朝廷での勢いはなく、地方に下って土着して、武士として生きる道を選ぶ子孫たちが多かったようです。

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