百一041解題)恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか

恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
『拾遺集』恋1・六二一(壬生忠見:みぶのただみ)(男性)

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解題

 『小倉百人一首』でも隣り合っている第40番歌(「忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人のとふまで」平兼盛)と対抗した、『天徳四年内裏歌合』(960年4月28日)に於ける「忍ぶる恋」の題詠歌で、こちらは壬生忠見の作。
 「恋すてふ」は「恋す+と+言ふ」の音便形。「まだき」は「未だ機は熟していないのに、早くも」の意味。「思ひそめしか」は「思ふ+初む+き=愛しい人への恋慕を始めたのであった」の意味で、末尾の過去助動詞「き」が「しか」と已然形になっているのは、前部にある係助詞「こそ」と呼応した係り結び・・・であると同時に、それが已然形「しか」であるだけに、後続部に(已然形接続の)逆接の接続助詞「ども」を感じさせ、「人知れずこそ思ひそめしか(ども)=人知れず抱き始めたあなたへの恋心だった・・・というのに」の余韻を漂わせているのが(恐らく、作り手としては快心の)技巧上の訴求点であろう。
 已然形が、逆接接続助詞を伴うことなしに「逆接=・・・だというのに」の意味を表わすのは、文中にあって一旦文章の流れを打ち切り、一息入れて後続部へと続く際の用法。文末では接続助詞「ども」や「ど」の助けを借りねば成立しない筈の「・・・だというのに」の意味を、しかし、この歌の末尾「思ひそめしか」は、そこはかとなく漂わせているのだ。
 因みに、現代的感性から見ると、「思ひそめし+が」の解釈もまた成立するようにも思われるが、逆接の接続助詞としての「が」が成立するのは中古末期のこと(鎌倉前期の『平家物語』には頻出する)。960年に詠まれたこの歌を以てその嚆矢とする訳にも行かないので、後代には許容される「思ひそめし+が」の解釈も、この歌の時代には(文献学的には)通じないことを書き添えておこう。
 こうしてめてみても、この歌の見所はやはり「こそ・・・思ひそめしか(ども)」という末尾の余韻にあろう。それを実感するためには、ゲスト出演しているように感じられる(見えない逆接接続助詞)「ども」の意味を、末尾に添えた解釈と、中央に盛り込んだ解釈とを、二つ並べてみればよい:
 中央逆接接続)「恋する男」という評判が、早くも立ってしまったなあ・・・けど、私は、人知れずあの人のことを思い始めたのだった。
 末尾逆接添加)「恋する男」という評判が、早くも立ってしまったなあ・・・私は、人知れずあの人のことを思い始めたのだったけど。
 ・・・結局、これは詩興で人を魅了する歌ではなく、構造ので勝負する歌だった訳である。個人的にもしこの筆者が「判者」なら、一も二もなく、この歌の対抗歌「忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人のとふまで」の初々しい詩情に「勝」を付けるであろう。技巧の輝きは人工の美でしかないが、詩情の息吹は天の配剤、前者は後者をげない:人為は神意に劣るのだ。技巧を見抜く力量がそこそこ以上あれば、そこに過度の敬意を注ぐ必要性も覚えなくなるもので、この壬生忠見の歌と先の平兼盛の歌との優劣判定に迷っているようでは、自分自身の「技巧歌」の作り込みが足りない(歌詠みでない人の場合は、読み込みの修行が足りない)ということである。
 伝説の伝えるところによれば、この『天徳四年内裏歌合』の「判者」左大臣藤原実頼は、これら両歌の判定に大いに迷い、「」(=引き分け)にしようと思ったのだが、会の主宰者村上天皇が「勝負を付けよ」と催促するので、困ってしまって判定補佐の大納言源高明の判断を仰いだが、彼も黙って俯くばかり・・・そんな中、ふと見れば、帝はさっきから何かもごもご口ずさんでおられる・・・よくよく聞けばそれは「忍ぶれど・・・」の歌・・・帝ご自身がそちらを気に入っておいでなら、兼盛の歌の勝ちとするのがよかろう、ということで、忠見の歌は哀れ敗退、ということになったという。
 どこまで真実かわからぬものの、かなり具体的な話が出たついでに、もう少し詳しくこの「歌合せ」の状況を紹介しておこう。歌を詠み上げる役の「講師」は、左方源延光右方源博雅、「方人(=味方)」として付いた宮中の女房達は、「左方」は赤色/「右方」は青色の衣裳をまとって、この催しに彩りを添えたという。準備に手間取ったために開始時間は夕刻までずれ込み、勝負は夜通し行なわれて、20題(40首)で争った結果は「左方」の「10勝」「5負」「5」と5首分の勝ち越し。勝負の後の管弦のが終わった頃には、翌朝になっていたという・・・平安の宮人夜更かし好きなのだ・・・夜明かしの時間帯はともかくとして、「兼題」提示から本番まで一ヶ月もの時間を置いたり、会場に絢爛たる趣向を凝らしたりというこの時の周到なる式次第は、後代まで語り継がれる「歌合せの理想型」として仰がれたという。
 さて、そんな「伝説の歌合せ」に参加したこの歌の作者壬生忠見(あの『古今集』編者の技巧派歌人壬生忠岑の息子)は、卑官ながら名高き歌詠みの息子としての歌の才を買われ、自らの面目を施す「面歌」を披露せんと虎視眈々であったに違いない。が、結果は「1勝・1持・2負」と負け越し。特に、「忍ぶる恋」を巡る平兼盛への敗残は痛恨で、あまりの落胆に、その後食事もを通らなくなり、そのまま病死してしまった・・・と、例の調子で大袈裟に、平安後期の『袋草子』(1158頃)は書き立てている。日本に於けるこの種の物語の無責任な虚構性は、この解題集の中でも幾度となく紹介・論証してきたところであるから、この話の信憑性の判断は読者の賢察に委ねるが、まぁ、ジャパネスクな悲劇の題材としては、これら二首は「格好の好敵手」だった、ということであろう(先述の通り、この筆者にとっては「役者が違う」のだが)。ともあれ、「壬生忠見」の名は、この「歌合せ」を巡る逸話以外では殆ど世に知られず、官職についても、その2年前に「摂津大目」というささやかな役職に任ぜられて以降は不詳・・・つまりは、この「歌合せ」が彼の栄達に寄与しなかった、という事だけは、どうやら事実のようである。
 壬生忠見がたった一首の歌を「負」と判定されたから悔しさのあまり「不食の病」になって死んだ、との印象を与えたままでこの解題を終えるのは、事実性への敬意を欠く行為であるから、同じ「歌合せ」に於ける彼の(既述の第20番勝負「恋」以外の)全成績と対戦相手とを、簡便な解釈ともども、以下に記載してこの話の結びとしよう。・・・これを見れば、忠見の「理屈っぽく、技巧に頼る」詠みぶりの特性が、もう少しよくお判りいただけると思う。
第12番勝負:題「卯花
左:壬生忠見(負)
 道遠み人も通はぬ奥山に咲ける卯の花たれとをらまし
・・・遠い彼方にあるために人も通わぬ山奥に咲いた卯の花を、誰と一緒に折り取ればよいのだろうか?誰がこんな道を通るだろうか?(「道遠み」の"み"は理由を表わす)(「たれとをらまし」は「誰と(一緒に)折らまし/誰(がこんな山奥の道を)通らまし」の掛詞
右:平兼盛(勝)
 嵐のみ寒きみやまの卯の花は消えせぬ雪とあやまたれつつ
・・・初夏なのに寒い嵐が吹き荒れる深い山奥に咲く卯の花は、その嵐に舞い飛ぶ様子が、消えずに残る残雪と見紛うばかりである。(「白い色をした花・」と「雪」との視覚的錯覚は古来よくある趣向で、末尾の同時進行性接続助詞「つつ」の添加も、『古今集』で多用され、後の『新古今集』あたりでまた乱発された"詠嘆演出用小道具"の定番だが、全体としては"技巧"より"趣向"を好む兼盛の詠歌上の特性がよく出ている歌ではあろう)

14番勝負:題「郭公
左:壬生忠見(持)
 小夜ふけて寝覚めざりせば郭公人づてにこそ聞くべかりけれ
・・・夜が更けてもし私が寝込んでしまっていたすきに、ホトトギスが鳴いてしまっていたならば、その声を、寝覚め損ねて聞き損なった私は、仕方がないから、その声を聞いた人の口から、「どんな声だったかい?」と聞かねばならないところだったなぁ・・・あぁ、よかった、すんでのところで目覚めることができて。(夜に鳴く鳥として有名なホトトギスだけに、夜中に寝過ごしてその声を聞き逃せば、「郭公の声を聞く」ではなく「郭公の声 ― がどんなだったかを人から ― 聞く」となってしまう:これは、後の世で言う「俳諧趣味(=滑稽面白味)」である・・・が、それを更にひねって「寝覚めていたからよかったものの、そうでなければ、ホトトギスの声を直接に聞くのではなく、ホトトギスの声がどうだったかを間接的に人に聞く必要に迫られていたことだろう・・・よかった、そうはならなくて」という(英語で言えば仮定法過去完了形という)面倒な形にし、俳諧趣味が更に徘徊するようなグルグル目の回る展開に持ち込んで、より一層の拍手をさらおうとしたわけである・・・が、これは完全な独り相撲。多少手が込んだ歌ならよいが、あまりに手を掛けすぎたややこしい代物に世間が付ける評価は、当人評価を遙かに下回るのが通例であり、このやりすぎ芸を「負」ならぬ「」にとどめてくれたのは、判者の同情票と見るべきであろう。技巧派を以て任ずる壬生忠見、「策士策に溺れる」の図である)
右:藤原元真(持)
 人ならば待ててふべきを郭公ふたこゑとだに聞かですぎぬる
・・・相手が人間ならば「待ってくれ」とも言えるのに、ホトトギスときたら、二声と聞かぬうちに飛び去ってしまったことよ。

15番勝負:題「夏草」
左:壬生忠見(勝)
 夏草の中をつゆけみかきわけてかる人なしにしげる野辺かな
・・・夏草が(茫々と繁ったその中をき分けて刈り取るにはあまりに露っぽく湿っているので)誰一人刈り取る者もいないままに繁っている野原の光景であることよ(「露けみ」の"み"は理由を表わす)(主語―述語である「夏草の」―「茂る野辺かな」の間に、それが我が物顔生い茂っている原因を表わす「の中を露けみ」「き分けて刈る人無し」を挿入的に割り込ませている構造的特異性が売り物の技巧歌)
右:平兼盛(負)
 夏深くなりぞしにける大原木のもりの下草なべて人かる
・・・夏も深くなったものだなあ・・・(し焼きにしてにする木の産地として有名な)大原の黒木の生える森も、その木陰の目立たぬ草まで、きれいさっぱり人の手で刈り取られてしまう(・・・で、そそくさとその人たちはどこかに消えてしまう)時期になったのだから。(この下草狩りで準備を整えた後で、例年、黒木の伐採が行なわれるのであろうから、「大原木の森の下草が刈り取られる」は「盛夏~晩夏」の風物詩なのであろう)(「下草なべて人かる」は「下草並べて人刈る=おしなべて下草全部を人が刈り取る」の意と共に、「下草並べて離る=刈り取った下草をずらり地面に並べたその後は、もぅ暑くてたまらんとばかり、作業員はその場を離れ、どこかに消える」の意味にもなる。深まる夏の情趣に加えて言葉遊びも織り込んだつもりの兼盛であろうが、結果的には「技巧」が売り物の壬生忠見の得意な土俵上での力比べに自ら踏み込んでしまった形で、兼盛の「負」。自らの得意技以外にも色気を出すと、結果的には良くないことが多い、という見本のような勝負であった)

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