百一059解題)やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな

やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな
『後拾遺集』恋二・六八〇(赤染衛門:あかぞめゑもん)(女性)

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解題

 「やすらはで」は、現代人は「安らぐことなく・・・不安な状態で」と錯覚しそうですが、実際には「やすらふ=ためらう」なので「ためらうことなく・・・安心して」です。「なまし」は「できれば・・・たい」という反実仮想表現で「本来ならば、何のためらいもなくぐっすり熟睡していたかったのに」、この人は何故か「夜更けまで、月が傾くまで、ずっと寝ずに起きていました」というのです・・・何故でしょう?・・・答えは「あなたが、すぐ会いに行くよ、と言ったから」・・・どこにそんな事が書いてあるのでしょうか?・・・この歌の中にはどこにも書いてません。書いてないけど、『小倉百人一首』第21番歌「いま来むといひしばかりに長月の有り明けの月を待ちいでつるかな」の素性法師(『古今集』恋四・六九一)が代弁してくれてます:つまりあの歌の「本説取り」なのです、この歌は(だから、あの歌の情趣を知らない人にはちんぷんかんぷんの歌でもあります)。
 藤原道長が、一条天皇にがせた娘(=中宮彰子)のために選り選り抜いた後宮サロンの才女たちの一人、赤染衛門(・・・血染めのドラえもん、みたいな名ですが、女性です)が、藤原道隆(・・・中宮彰子のライバル格たる一条天皇の正妃定子の父で、道長の兄)に逢い引きの約束をすっぽかされた自らの姉のために(二十歳前後の頃に)代詠したものです。借り物歌、かもしれませんが、「来る」と言って来なかった男への恨み言を、直接相手にぶつけることはせず、「おかげで長いことお月様鑑賞にいそしんでしまいました」とやんわり言うあたり、歌にはやはり詠み手の体質がよく顕われる、という好個の一例でしょうね(もっとも、お姉さんの心証を悪くするようなキツい歌を代詠する妹もそうそうはいないでしょうけど・・・)。
 こうした「あまり美しくない出来事を、やんわり綺麗に表現できる」才能を見込まれて、でしょうか、この赤染衛門女史、豪腕(強引?)政治家藤原道長を中心とした藤原氏の栄華の歴史を文芸的にった『栄花物語』(正編)の作者として大抜擢され、見事にその大任を果たしています・・・彼女の仕事ぶりを道長がいかに高く評価していたかは、彼の知恵袋とも言われた当代第一級の学者の大江匡衡を夫としたことからもい知れます。当初、赤染さんは匡衡との結婚を望んでいなかったという逸話もあり、そのあたりの事情も、この婚儀には道長さん側の意向が強く働いたのではないか、と勘ぐらせてくれます。
 また、当時に於ける女流歌人としての位置付けは、あの天才和泉式部よりむしろ赤染衛門の方が高かった、というあたりにも、道長さんの信任の厚さが(彼の威光を気にする当時の文化人達の心理に作用する形で)反映されていたのかもしれません・・・まぁ、佳い歌を詠む人であったことは確かで、才人にして善政の人として誉れ高かった夫ともども、良妻賢母として、後々まで語り継がれて人気があった人です。

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