百一066解題)もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし

もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
『金葉集』雑上・五二一(前大僧正行尊:さきのだいそうじゃうぎゃうそん)(男性)

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解題

 詠み手前大僧正行尊」の名前からすると、引退した偉い僧侶(・・・お坊さんに"引退"があるのかな?)が詠んでる歌みたいですが、実際には、偉くなる前の修業時代、山の中で一人黙々と荒行に励む「修験道」というのを極めるために、桜で有名な吉野の「大峰山(・・・修験道の聖地でもあるそうです)」で、風に折られてぶら下がっている枝の上に、なおも健気に咲いている山桜を見て詠んだ歌、だそうです。
 殆ど現代語訳の必要もない歌ですが、「花よりほかに知る人もなし」の部分は、「私が一人黙々とどれほど辛い修行に励んでいるか、桜花以外は誰も知らない」/「山奥で修行に励む私には、桜花以外誰も知り合いがいない」の両方の解釈が可能、とだけ指摘しておきましょう。
 いずれにせよ、「俗世を捨て、山奥での荒行を通じて、超人的な霊力を身に付けよう」とまで突き抜けちゃった僧侶にしては、めめしいような、満たされぬ自己顕示欲を噴出させているような、そんな矛盾した響きがあって、それを嫌ったり批判したりする人も現代には沢山いそう・・・ですが、聖職者とて人の子、煩悩を捨て去ろうとしてもそう簡単には捨て切れないし、簡単に捨てられるぐらいなら、悩み多き信者の数も減っちゃって、「宗教界」そのものがあがったり、という図式を思えば、こういう歌もアリ、でしょう。
 日本の仏教界には、この種の「悩んではいけないの人達の世俗的な悩み」を詠んだ歌が、物凄く沢山残っています。最古のものの一つとしては、『万葉集』(759頃)に収められた次の「旋頭歌」(上句・下句ともに五七七形式の和歌)が有名です:
 白珠は人に知らえず知らずともよし知らずともわれし知れらば知らずともよし(六・一〇一八・元興寺僧
 素晴らしき真珠も、その真価を誰にも知ってもらえない・・・が、知らなくてもよい;自分自身さえ知っていれば、他人に知られずとも、それでよい。
 上代の助動詞「ゆ」を用いた「知ら"え"ず」のあたりには古さを感じますが、それ以外はほとんど現代語にそのまま通じそうな形、そして、心理ですね。「いいのさ、べつに、自分さえわかっていれば・・・」は、当然、「でも、なんでみんなは、わかってくれないんだろう・・・」の裏返し。表面では強がったり突き抜けたりしておきながら、相手が自分の方を向いてくれないことを気にする気持ちが胸中にわだかまるうちに、やがてそれは妄執になって我が身をんで行き、ヤケクソになってとんでもなく悪い道に走りそう・・・どうか、そうなる前に、誰か手を差し伸べて!挫けそうになる自分を支えて!・・・って、これ、「ツンデレ女子(・・・外見上はツンとクールに澄ましておきつつ、心を許した男の子に対してだけはデレデレ猫のように鳴らして擦り寄ったりするアンビバレントな女の子)」の典型的心理のような気がするんですけど・・・日本のお坊さんって、けっこう、かわいかったりする(した?)のかも・・・。
 考えようによっては、彼らの悩みの刷毛口としての効用を、仏教界はむしろ、積極的に和歌の中に求めていたのだ、とみることもできそうですね。僧侶の日々の生活の中では、決して口に出してはいけないし、心に抱え続けてもいけない懊悩を、我慢できなくなった時には土の中に穴掘って「王様の耳はロバの耳ーッ!」みたいに叫んでも許される、みたいな「悩める心の駆込み寺」が「僧侶の和歌」だった、のかもしれません。
 そう考えると、日々の生活の中で溜まりに溜まった友人・職場関係の鬱憤をカラオケボックスの中にぶちまける現代日本人のストレス解消法がやはり「歌」であったりするのと、よく似ていて、「あぁ、やっぱり、歌は大昔からずっとずーっと日本の文化だったんだ」と思ったりして・・・でも、カラオケ歌手のシャウトの多くが、所詮、歌い手の個人的な心理的負担解除以上の効用を持たず、お友達以外の聞き手の耳を引き付けるほどの響きを持たないのと同様に、古歌の中でも「お坊さん関係歌」には、当人(と、それに近い立場に身を置く古今の聞き手)以外にも売れるヒット曲たり得るような華やかな歌は、あまり多くはありません・・・華やかならざる薄墨色でないと、僧界に身を置くこともできないんですけど、ね。

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