百一080解題)長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ

長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ
『千載集』恋三・八〇三(待賢門院堀河:たいけんもんゐんのほりかわ)(女性)

一首 前へ←  『小倉百人一首』[解題]  →一首 後へ
・・・かるた取り名人目指すなら、こちら→
★この解題を自分の「Twitter(ツィッター)」で引き合いに出す→

==========

解題

 「長からむ心」は、「今後長きに渡ってこの私を愛し続けてくれる・・・であろう(か知らねども)貴方の心」。それを「心も知らず」と、この女性は言っているのですから、「貴方の私への愛が永遠に続くもの、かどうかはわかりません」と半信半疑の訳です。
 かと言ってこの女性、不実な男の心変わりの気配を(女特有のカンで察知するかなにかして)なじる歌を詠んでいるのかと言えば、そんなことはありません。だって、「黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ」なんですから・・・長い黒髪は女の生命、だらしない乱れ髪のままでいるなんて、普通、あり得ません ― 寝床で激しく乱れるような動きをした直後でない限りは、ね・・・そう、彼女、ゆうべ、彼氏と二人で「乱れた」後で、この歌を詠んでいるんです。
 彼氏はどこ?・・・もう、自分の服を着て、帰っちゃいました。だから、今は、寝床に、彼女一人きり。
 え?彼女は何でまだ寝てるのか、って?・・・そのあたりは、想像してみてください・・・誰ですか、「腰が抜けるほど~したんだろう」とかフィジカルな方面の想像をしくしてるのは?・・・まぁ、そういう考えもあるんでしょうけど、自分の頭の中ばかり見ないで、歌の文句も見てください:「乱れて今朝は物をこそ思へ」って書いてあるでしょう?この「乱れ」、さっきは「髪の毛が、昨夜"事"に入る時に解いたままで、も入れず、整えもせずに、そのまま」という物理的な意味で使われていたけど、この部分では「思い乱れて、今朝は、寝床から起き上がりもせずに、物思いに浸っている」という心理語に変わっているんです。
 どうしてそんなに物思いにるのか?・・・初句に返ってみてください:「長からむ心も知らず」・・・ゆうべはあんなに激しく愛し合った二人だけど、これからもずっと長く熱愛関係が続くかどうか、あなたの心はわからない・・・それが、今朝の彼女の物思いの原因なんです。
 でも、何も寝床に突っ伏したままで、そんなに悩み続けなくてもいいだろう・・・って、貴方はそう思いますか?「明日は明日の風が吹く」?「ケ・セ・ラ・セラ・セラ、なるようになるぅーっ」?・・・それは、うん、そうでしょうけど、彼女もそんなことわかってるでしょうけど、今は、こうして寝そべって物思いに沈んでいたいんです・・・だって、ゆうべの愛の余韻が、まだこの寝床にも、乱れたままのこの髪にも、そのまま残っているんだもの・・・先々のことはわからないから、確かな昨夜の愛の舞台から、なかなか退場できない女の気持ち・・・わかります?終わったらすぐに服着て帰るだけ、の男の人には、わからないかなぁ・・・。
 ちょっと色っぽすぎる話だったから、ここで気を取り直して修辞法のおさらいをしときましょう。
 「長からむ」は「(私を愛するあなたの)心の長さ」を介して「黒髪」の「縁語」になります。「髪」の「縁語」ということで言えば、「乱れて」もまた「(心)乱れて」を間にんで「(髪)乱れて」へとからみつきます。
 結句末尾の「思へ」は、一瞬「命令形」に見えるけど実際は「已然形」:直前の係助詞「こそ」との係り結びになってます。
 細かいことを言えば、「今朝は」の部分は、「末は(知らねど)=将来の愛の行方は不明だけど」との対照表現。
 「長からむ」の推量助動詞「む」は、「もし仮に・・・だと想定した場合の、その・・・」という「婉曲」の用法です。「・・・になるだろう」という単純な未来推量ではないですよ:「(あなたの私への想いは)きっと長く続くだろう」とは、この女性、思っていない訳だから。「この人の私への愛は本物かしら?・・・もし本物なら、"長き心"ということになるのだろうけど、その"長き心"というものが、確実にある、とはわからないから、今朝はどうにも、寝そべっちゃうのよねぇ、髪も、心も、乱れたままで、物思いに浸らずにはいられない・・・」
 妖艶なること現代詩の如し・・・与謝野晶子『みだれ髪』(1901)にもつながる、とても平安の世の短歌とは信じられないような艶っぽい歌。「題詠」とは思えない生々しさがあるし、これが想像の中で創造できちゃった詩なら、この作者(待賢門院堀河)は和泉式部の二百年後の生まれ変わり、って感じ。そういえば、和泉にも似たような色っぽいのがありました(この歌の下敷き、と呼んでもいいかもしれません):
 黒髪の乱れも知らずうちせばまずかきやりし人ぞ恋しき
 黒髪の乱れも直そうとせず床にうち伏しながら物思いに沈んで横たわっていると、その黒髪を生まれて初めてでてくれた人のことが思い出されて、手紙のやり取りも懐かしくて、あぁ、恋しい・・・
 ゾクッとくるような歌でしょう?今から千年も昔の女性の詩ですよ・・・そういえば与謝野晶子からも、もう百年も経つんだったっけ・・・情念は、時など軽く越えちゃうもの、ってことかな。
 作者「待賢門院堀河」は生没年不詳。「伯女」とか「伯卿女」とか呼ばれることもあるのは、「神祇伯」だった彼女の父源顕仲(1064-1138)に因むもの。お父さんは(縦笛)の名手として、大の音楽好きだった堀河天皇(73代)のお側近くに仕えました。彼女は最初その堀河帝の父白河院(72代)の皇女令子内親王に仕え(当時の呼び名は「六条」)、その後堀河院の子の鳥羽天皇(74代)の中宮待賢門院に仕えて「堀河」と呼ばれるようになりました。12世紀中頃の彼女は、どんな恋をして、どんな人に黒髪を、そして心を、乱されていたのでしょうか・・・。

一首 前へ←  『小倉百人一首』[解題]  →一首 後へ
・・・かるた取り名人目指すなら、こちら→
★この解題を自分の「Twitter(ツィッター)」で引き合いに出す→

==========