百一090解題)見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず

見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず
『千載集』恋四・八八六(殷富門院大輔:いんぶもんゐんのたいふ)(女性)

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解題

 この歌は次の歌の「本説取り」:
 松島や雄島の磯に漁りせし海人の袖こそかくは濡れしか(『後拾遺集』恋四・八二七・源重之
 松島の雄島の浜辺で海産物をる漁師の袖だけでしょうよ、こんなにもびしょ濡れに濡れるのは・・・それぐらい、私の着物の袖は、悲しい恋の涙に濡れているのです。
 「雄島海人の袖」は、元歌から「雄島の」+「海人の袖」の形で連結引用し、「濡れにぞ濡れし」は、元歌では「濡れ」だったものをよりびしょびしょにしちゃった感じ。・・・だけど、ここまでは普通の引用。この90番歌の趣向はもっと別の部分にあります。
 元歌詠み手の性別は不明(現実の歌人"源重之"は"男性"と判明してるけど、この歌の情趣だと男性/女性どちら側が詠んだものでも構わないから)。「あなた(女/男)につれなくされて、私(男/女)はこんなに泣いて、袖も漁師のそれ並みにびしょびしょです。」というこの歌で自分の薄情さを責めて来た相手(男/女)に対し、「私(女/男)の方こそあなた(男/女)に見せたいものですよ、あなた(男/女)が言うように漁師の袖は濡れてるかもしれないけど、濡れすぎて変色するほどではないでしょう?それを、私(女/男)の袖ときたら、あまりに辛い恋に流す涙で、真っ赤な血の色に染まっているのですから。」と逆襲している、という仕掛け。つまりは、150年ほども昔の源重之(が詠んだ男/女からの恋歌)に対する「返歌」に見立てて作った作品、というところがこの歌のミソ。
 元歌の句をいくつかもらった上で、その歌とは別種の趣を持った新たな歌を仕立て上げるのは「本歌取り」。だけど、上述のように、元歌そのものには何の手も加えず、それがそのままの形で存在するものとして、その存在を前提として新たな物語を作り上げ、元歌と自作歌を同じ世界観の上に共存させるこういう引用・言及の仕方をしたものは、「本説取り」と呼びます・・・けど、ややこしいし面倒臭いので、こういうのも「本歌取り」といっしょくたにしちゃう人々も多いみたい・・・まぁ、どっちでもいいでしょう:所詮「歌学」は「科学」じゃないから、厳密じゃなくてもいいんだし。
 自分の薄情さをなじってきた相手に対し、「そういうあなたの方こそ・・・」というしっぺ返しは、幾度となく繰り返されてきた貴人応答の典型的パターン(『小倉百人一首』の中だけですら、14・35・58・・・)。「あまりの辛さに血の涙を流す(・・・オマエの涙はカバの汗か?)」という大袈裟な見立ても、歌の世界にはよくある虚構だから、この90番歌の中では「私の袖の色は血塗られて真っ赤っか」なんて文言は一言もないけど、あたかもそれが存在するかの如くに読んでくださいね、という風に、詠み手は読み手の「歌学知識」に訴えかけている訳です(無論、源重之元歌の知識そのものも前提とした上で、ね)。そうした古歌の知識や歌学のmannerism(マンネリ)の上で遊んでる歌だから、作り手も、読み手として想定されている相手も、それなり以上の手練れ、って感じです。
 作者は後白河法皇の皇女亮子内親王(通称「殷富門院」)に仕えた女性。母方の従姉待宵小侍従」(参照:第28番歌解題)ともども、鴨長明の『無名抄』(1211)では「近年の女流歌人中の名人」として引き合いに出されています。俊恵法師(第85番歌作者)主催の歌壇サロン「歌林苑」に出入りしていた人で、物凄く多作なことから「千首大輔」の異名を取ったらしい・・・当然、「本説取り」や「本歌取り」も増える道理ですね。

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