百一092解題)わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし
『千載集』恋二・七六〇(二条院讃岐:にでうゐんのさぬき)(女性)

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解題

 この歌の主意は「我が袖は・・・人こそ知らね乾くもなし=人は知らないけれど、私の着物の袖は(涙に濡れて)乾くひまもない」の部分にある。「Aこそ・・・ね」は「Aは・・・だけれども」という逆接表現の典型で、現代語でも「今でこそ・・・だけれども」のような表現に残る。ここでの「人」は、「世間の人」とも取れるし、「私を泣かせるあなた」とも解釈可能。
 その主意部(ピンポイントで言えば「人こそ知らね」)を導出するためだけに置かれた「序詞」が、第二・三句「潮干に見えぬ沖の石の」。「潮干干潮=潮の引いた時」の意味はすぐ判るけど、「潮干に見えぬ沖の石の」の意味は、頭をひねらないとわからない・・・干潮=潮が引く→水位が下がる→水面下にあった石が見える→沖にある石は深い海底にあるので干潮になって水位が下がってもまだ水中にあって見えない→見えないので「人は知らない」・・・ということで後続の「人こそ知らね」に結び付く・・・という実に持って回った言葉の海の底から意味を引き上げなきゃならない、水深8000メートル級の日本海溝並みに深ーい仕掛けのサルベージ歌。常に水の中にあって濡れ濡れの「沖の石」はまた「涙に濡れて乾くひまもない袖」のウェット感覚にもマッチする「縁語」的演出の小道具になっている、という点も、そのテの技巧を喜ぶ人たちにとって(だけ)はポイント高し波高し・・・ドブーん!
 ・・・とまぁ、言葉をこねくり回して作ったパズル歌を、頭をひねって読み解いて喜ぶ「新古今時代」の脳ミソトレーニングソング、なのでした。ホント、嫌になるほどくだらぬ言葉アソビで、こんなの「和歌」と呼ぶのは和歌に対して失礼もいいとこ、バっカみたい!(・・・とか、正岡子規みたいに言ってみる)・・・短歌をネタにこんなことして遊んでた平安末期が、どれほどドロドロに(歌も世の中も)停滞していた時代か、コテコテな技巧のもつれた糸解きほぐすメンドーな上の解題みてもらえればそれだけで判る・・・でしょ?
 恋愛の歌としては、「袖が涙に濡れて乾くひまがない」はグシャグシャ袖が腐りそうなぐらい雨アラレ短冊上に書き流され続けてきた陳腐な発想だし、「つれないあなたは、私をそんなに泣かせていることも知らない」というのも同じく凡庸。何一つ新鮮味のないこの言葉遊び歌の唯一の取り柄は、「水面下に隠れて見えない石」という「恋愛とはまるで無関係の、心無き(="無情"の)物体」と恋情との滑稽なまでのミスマッチ感覚(・・・和歌の世界で言う「俳諧趣味="オモロいやんこれ"感覚」):現代人から見れば異様に思えるこの組み合わせを、この歌人自身が見つけ出したのならそのオリジナリティ(だけ)はそれなりに誉めてあげてもいいけれど、がっかりさせられることには、この歌の場合、「寄石恋」という形で予めその御題目まで定められていた・・・つまりは、最初からこういう形でガチゴチにこじつけがましい「序詞」の修辞だけを売り物とするつまらない歌を詠むためのエサとして歌人たちの前に投げ与えられていた、ってことで、それに乗っただけの「出来レース」の中、畳の上で詠まれたこのしょーもない題詠歌には、とどめをさすように、例の、<この歌の評判を以て、この詠み手二条院讃岐)は、以後、「沖の石の讃岐」の異名で呼ばれることとなる>というお定まりの能書きが付いて回る、というあくびが出そうな展開。
 歌としても物語としても、白けるばかりの平安末期・・・歌壇ももはや末期症状、という、それを体感するためだけの役にしか立たないヘボ歌でした。・・・なんか、アッタマきちゃったので、勝手に一首、俳諧趣味の戯れ歌を「いし・石づくし」でスットーンと落としちゃおーっと:
 つれないしきてくれないしあえないしでもあいしてるあなたいじわる COPYRIGHT (C) fusau.com 2009
 ・・・この歌の悪評を以てこの解説者(?WHO?)は以後「五ついし(一部いじ)のタヌキ」の悪名で呼ばれることとなる・・・なーんてね、イッシッシ・・・って、おバカなシミュレーション演じたくなるくらい、歌詠みとしては「うたてあり(=ふ愉快ーぃ!)」のウタで、やりたいホーダイ好き放題(="うた"の原義は実にこれ)にもほどがある、って感じのダジャレ歌(だれじゃこんなんつくるんは?)で、沼べりの泡沫如くゴボリと音立てては淀んだガス吐き出してすぐ弾けて消える、そんな臭みに満ちてるけれども、新古今歌人藤原定家韜晦趣味には訴ふるものやありけん・・・のかしらね、われさはおもはじ・・・わるさはおもわずやりすぎたかしらん・・・けしからん?・・・んでは、お詫びにもう一つ、彼女の、佳い歌を、最後に御紹介して名誉挽回:
 世にふるは苦しきものをの屋にやすくも過ぐる初時雨かな(『新古今集』冬・五九〇・二条院讃岐
 ・・・こちらは、新古今の中でも指折りの名歌。例によって技巧満載だけれど、技巧の臭みを越えて響く本物の歌の味わいがあって、これにはいくらタヌキのこの解説者でも文句抜きの「五つ星☆☆☆☆☆」をあげたい・・・以下、技巧的解題:
1)「よにふる」:
 a)(私という女が)「世に経・歴・古・旧る」・・・世の中に長く生き過ぎて、とうがたつ
 ・・・言うまでもなくこれは小野小町(第9番歌)「はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに」からの「本歌取り」。春の長雨が降るうちに、桜の花の色が移ろうように、物思いにって過ごすうちに、私の女盛りも過ぎ去ろうとしている・・・そうった小町のイメージが重なって、「よにふる」だけで「恋多き美女・二十代半ば(過ぎ?)・未婚・もうそろそろ落ち着きたい・多情の噂が災いして、誠実な人に恵まれない・溜め息」などの連想が初句から漂ってくる。
 b)(時雨が)「夜に降る」・・・夜、いきなり来てはざーっと降る(そしてまたすぐに去ってゆく)
 ・・・「時雨」の宛字が示す通り、「しぐれ」は一時だけの「通り雨」。季節は晩秋から初冬、降る時間帯は夕方から夜、というのがそのイメージ。昼間の時雨がない、などという気象学的事実はないけれど、ここはやっぱり、夜でしょう。深まる秋に憂愁もまた深まる部屋の中で、ザーッと音を立てて通り過ぎて行く雨を、屋根を叩くその音を通して感じる、「気紛れ」と「気鬱」の象徴的存在・・・「来るならくるで、本気で来ればいいのに、煮え切らない雨ね(・・・まるで、あの人みたい・・・来てよ、本気で・・・こんな通り雨ぐらい、平気でしょ?・・・こんな雨でも、だめ、なの?・・・もしかしてもう、来ないの?)」・・・「時雨村雨叢雨驟雨」には、「夕時雨」・「小夜時雨」などと、深まる夜(しかも、秋~冬、ひとりきり)の連想が伴い、薄情な恋人を思っての「涙の時雨」・「時雨心地」など、泣きたい気分がつきまとう。
2)「の屋」:
 「」はまた「真木」とも書くことからわかる通り、「これぞ本物の木」というぐらいに立派な「建築用良材」。そんな高級建材で屋根をいてあるおうちにいる女性だから、きっと高貴な女性(または高貴な男性の思われ人)なのでしょうね・・・という連想は、ありはありだけど、どちらかと言えばハズレ。名探偵シャーロック・ホームズ気取って小さな手掛かりから大きな真実をんだつもりになって迷推理を重ねて頓珍漢な結論に行き着いて見当違いな真犯人でっち上げる冤罪クリエイターみたいな歌読みになっちゃうことを望まないなら、この「の屋」は「時雨が屋根を叩く音感的イメージを演出するための小道具」として聞くに留めおくのが無難。「かりほの」とか「浦の苫屋」とかの「草葺き系屋根」だと、水分が吸収されて音として跳ね返らないでしょ?だからサウンドボードとして「板葺き系」にしただけなんだから、「の屋根」でも「トタン屋根」でも効用的には同じこと。
3)「初時雨」:
 秋~冬の季節にまたがる「時雨」に"初"と付けることで、「晩秋」側に時間的立ち位置を寄せている表現。「秋」は物寂しく物思いにる季節で、冒頭の「よにふる」がし出す「物憂い気分で、あまりあてにならない恋人を待ち続ける」雰囲気を引きずるけれども、それが「初時雨」を経て「冬」になるということは、「もう、待っても来ない・・・かな」という恋の冬枯れを予感させる「わび・さび」が漂い出す、ということ。でも、完全に真冬ではないから、彼女は、待ち続けてはいるのだけれど・・・。
4)「苦しきに/安くも過ぐる初時雨」:
 ・・・来ぬ人を待つこの秋は苦しくて、物音一つにも敏感になって、彼の足音(めいたもの)が響けば胸も高鳴るほどに過敏になっているのだけれど、聞こえてくるのは屋根を叩く雨音だけ・・・それもざーっと来てはさーっと去ってゆく通り雨のいたずらな来訪だけ・・・あぁ、雨だわ、これじゃあ、だめだわ、あの人は来てくれない・・・と思ったら、すーっと雨は上がって、これなら来てくれるかしら、と思わせたりして、意地悪なしぐれ。ざぁざぁ降りの雨なら、いっそ、「絶対もうダメ、今夜は会えない」って、諦めもつくはずなのに・・・完全な真冬なら、凍えて過ごすのも当たり前、と、いっそ割り切ってしまえるのに・・・今はまだ秋なの?それとも冬なの?・・・この恋にまだ望みはあるの?もう終わりなの?・・・こんなに苦しい思いを胸に、私はじいーっと待っているのに、あの人は来ず、村雨だけが通り過ぎてゆく・・・人の気持ちも知らないで、やすやすと、のうのうと、そうして秋は過ぎて行く・・・私の恋も、すぎてゆく・・・のかな・・・。
 以下、総評:
 ・・・「過ぎ行く春の憂鬱」を漂わせる小町の「歌枕」(よにふる)を「暮れ行く秋~冬の憂愁」という形でって引いているのは、「本歌取り」の作法として立派なもの:原典の趣を生かしつつ、そこに新たな息吹を加える・・・藤原定家先生の理想にどんぴしゃりです。
 ・・・「苦しき」と「やすく」の対照は、技法としては単純だけれど、「苦し」の主語は「私」で当たり前なのに対して、「やすし」の主語は「時雨」という"無情"(=心なし)の存在であるという点に風変わりな面白味俳諧)があって、新古今の人達はこの擬人化技法込みの漢詩的対句表現には拍手喝采したことでしょう。
 ・・・「の屋にやすくも過ぐる初時雨」は、「雨音」の表現として「の屋」を用いる音響効果が見事、「やすくも過ぐる」で時間的な短さにも手早くしかし手堅く言及しているのも技ありの感があり、全体的には寂しい女性心理を描いて静的なこの歌の中に、物思いの世界から外界の動きへの視点転換を促す躍動的転調を与えるこのスポットライトの挿入、表現者としてただならぬ手練れぶりを感じさせます。
 ・・・「初時雨かな」は、それだけ見るとヘタクソな俳句によくありがちな結びだけれど、秋とも冬ともつかぬ季節の体表感覚にオーバーラップするように、続くのか終わるのかわからない恋模様の心理的な寒さをも感じ取らせていて、これまた秀逸。
 ・・・と、殆ど非の打ち所のないほどに完璧な技巧と味わいの深さを持ったこちらの秀歌をこそ、定家さん、『小倉百人一首』に入れておいてくれればよかったのに。そうすれば私だって石投げタヌキになってドブドブ・バッシャバシャ悪口言い散らすこともなかったはずなのに、と思うのだけれど・・・あれ、こういう感じ、前にもあったなあ・・・あ、そうだ、和泉式部の歌の時だ・・・56番歌「あらざらむこのよのほかのおもひでにいまひとたびのあふこともがな」は凡歌だから、もっと佳い歌を引けばいいのに、って思った、あの感覚とおんなじだ・・・これって、定家さんから、彼女らの歌のあまりの冴えへの、嫉妬?・・・それとも、あまりに多くの歌人に喝采された有名すぎる歌をいまさらのように引き合いに出すことに、気が引けたのかな?・・・あるいは、本当に一番綺麗に写ってる写真は自分だけのものにしておいて、友達に見せる時にはパスポート写真みたいなイケてない彼女の絵を「ほれ!」とか無造作に紹介するだけにしちゃう男子のへんてこな心理に似た気持ちで、定家さんは、和泉や讃岐の美しいほうの歌を大事にしまっておきたかったのかな・・・。
 ・・・なんか、よくわからないんですけど、とにかく、そんなだから、私にとってのこの人は「沖の石の讃岐」ではなくて「槇の屋の讃岐」、なのでした。

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