作り物語

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竹取物語
 ・・・日本虚構文学(=作り物語)の草分け的存在として、『古今和歌集』(905)の直前に世に出たとされる作品で、作者未詳ながら、その筆致や伝奇浪漫的内容から、「漢籍に通じた貴族男性」の手によって(892年頃)書かれたものと推定される。ベタな駄洒落を満載し、美人と聞けば見境なく飛び付きカネと権力にモノ言わせてものにしようとする貴人連中の「好き者」ぶりを皮肉る内容など、軽妙洒脱な風刺文学として読める(わずか十章、1万9千文字しかない)ので、古典入門用に最適。
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 ●『竹取物語』(本文)は、複製自由です。


堤中納言物語
 ・・・作者も時代背景も不明ながら、平安時代末期の宮仕への女房族(の物語上手を自称する面々)が「自身自慢の文物の知識をひけらかすため」に意図的に難解にして「どぅぉ、アナタ、この部分のこの言い回し、何を意識したものか、オワカリ?」的意地悪クイズとしてポンと投げ出したような色彩が濃密な代物・・・物語としての面白味はほとんどない;その唯一の価値は「読み解けただけで妙にエラい気分になれる」ことだけ・・・なので、自身がその読み解きに何十時間も何十冊もの参考資料を駆使したこともケロっと忘れてる困った大学入試問題作成者がこの作品を受験生の眼前にポンと投げ出せば、死屍累々!この作品のごときを平然と出題する「わかってないセンセ」がいることがわかってる大学を受験する学生は、あらかじめその粗筋ぐらいは棒暗記して臨むべし(さもなくば、試験会場での読解だけでは何一つわからないことは保証してもよい)。ま、たった10編(最後の1編は断片)だし、東大あたりに入りたがるような面々なら、その全文の現代語訳は予め頭に入れておく程度の「傾向と対策」ぐらいしとくのが身のためだろう;が、一般の文学愛好者には全くお勧めしない。
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宇治拾遺物語
 ・・・貴族から武家へと政治経済の主力が移り変わらんとしていた鎌倉時代の初め(1200年代前半)に成立したと見られる説話集。平安期の文物が(たとえ作者未詳だとしても)宮廷貴族男子や女房たちの個人的想像&創造力により成立していたのと異なり、日本全国や海外から集められた様々な出典からの打聞集だけに、筆致は素朴で、下ネタや出世物語・儲け話・怪異譚等々、卑俗で荒削り・突飛な話が多い・・・が、筋立てそのもので読む者を引き付ける作品には、気取った文体上の御化粧など不要なのだ。大方の日本人の知らぬこの「真に優れた文学に於いては、躰より心がエラいのだ」という真理を思い知らされる作品群としては、『宇治拾遺物語』&「星新一のショートショート」以上の教科書はないであろう・・・但し、「釈教」タグの話はやめといた方がいい:乾涸らびた日本仏教の想像力のかけらもないクソ説法ばかりなので、「日本式教育・PRの芸のなさ」の惨憺たる歴史を思い知らされる以外の効用はまるでないから。
 古い秩序の崩壊と伝統的価値観への敬意の喪失が、己れの力量・才覚のみで他者を出し抜いて強引に生き残り栄えてやろうとする庶民的エネルギーの発露を促した13世紀前半の世相を反映するこの『宇治拾遺物語』は、虚飾に充ち満ち私的思惑の狭い枠内で推移するばかりの平安文物(&近代以降の日本のいわゆる"私小説≒純文学")とは大違い・・・物語として読む分には段違いでこちらの方が面白いと断言できる・・・もっとも、『蜻蛉日記』に始まり『源氏物語』で早くも"頂点を極め"てしまった「ワタクシ世界の細密描写」をこそ「由緒正しきジュンブンガク」と信じて疑わぬ日本のフシギな文芸界のセンセ連は、『宇治拾遺物語』にも、それに魅せられ幾多の自作の範を取った日本最高のストーリーテラー芥川龍之介の作品全般にも、ほとんど全く妥当な敬意を払う術すら知らぬまま20世紀を終えている(そして当然の如く自閉的どん詰まり状態に陥っている)・・・げに恐ろしきは、ギリシア・ローマ神話も旧約の寓話もロクに知らず虚構世界の真の力に鈍感なる倭人ワタクシ世界の珍妙なる自己完結性・・・(いつまでもエラそうにやってなさいな、「オレ・アタシって、こんな事感じてる・考えてる・書けるヒトなの!」的ミオコシ日記の書き散らしを)。
 剥き出しの人間性を垣間見るに(恐らく古今すべての日本の文物の中でも)最適の197編(全15巻)と言える『宇治拾遺物語』の約半数にあたる89編までは、同時期成立の説話集『今昔物語集』と同ネタであるが、あちらは説教的創作動機に裏打ちされた整然たる編纂方針で編まれたものであるのに対し、こちらは「こんなおもしろい話、いかが?」的な寄せ集めストーリーブックの色彩が濃い・・・どちらに優劣の軍配を上げるかは本好き諸氏の私的選択に委ねるが、この『宇治拾遺物語』を掲載した上は、『今昔物語』もそれ以外の鎌倉期以降の説話物も、蛇足的に継ぎ足す要を全く覚えないこの筆者である。読むべし!
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