■GJG04)=衣医ei(い)/食職色(しょく)/住集自由&銃(じゅう)=

2011, 3/18

GJG04_001)今日は具体的なことは何も書かない。生きるのに本当に必要な事は何か、を概括的に考えるだけ。本源的な事は常に単純なんだ。「何のために生きるの?」って問われたら「死んでもいいけど死後の世界が今より良い保証はないから、死ぬまではとりあえず生きるだけ」ってぐらいなもの。

GJG04_002)「何で人を殺しちゃいけないの?」の問いへの答えは「お前が殺人許可されるなら他人もお前を殺すのが許されるから、いつ殺されるか不安で誰も信じられず皆殺ししたくなってマズいので、殺人はダメ」。「殺人→円買い・パニック買い・流言飛語」換言解釈も、今の日本人には有効だ。

GJG04_003)もっとも、「生物学的」殺人は罪になっても、「経済学的」弱肉強食は無罪どころか賞賛されるのがアメリカ模倣型の戦後日本の実情。だから今の日本人は「他者への不信度」は大、「幸福の実感」は少、「自分」と「外界」の関係は「敵対」・・・どうだい、本源的な事は常に単純だろ?

GJG04_004)外界が自分を弱者として蹴落として食い物にしようとしているという敵対的被害者意識を除きさえすれば「幸福」になれるかどうかはわからないけど、この敵対構図の中で営まれる社会生活が「不幸」だという現実は、もうみんな十分感じてるだろ?その構造をまず変えなきゃダメだろ?

GJG04_005)誰もが他者からムシリ合う弱肉強食経済構図が何とか機能し得るのは、その枠組みから「弱者」として「経済学的に抹殺」された人間を「生物学的に生存」させる保障機構(政府からの各種補助金や、古い日本の寺社等の社会組織)があるからだ;が、その保障能力も、もう、限界なんだ。

GJG04_006)「経済学的弱者」の定年退職後高齢者に最低限の生活を保障するのに、「金」を支給する年金制度はもうパンク状態だ。「金やるから何か勝手に買って生きろ」じゃもうダメなんだ。人間らしく生きるのに最低限の条件を、間接的交換価値の「金」じゃなく、直接提供しなきゃダメなんだ。

GJG04_007)「金」だけあってもダメだ。買いたくても買えぬ生活物資のパニック買いが横行したここ数日の日本の状況見りゃわかるだろ?人生を人生たらしめる最低限の条件を「金と交換で手に入れる」体制の本源的危うさを変えなきゃダメだ。その「最低限の条件」を考えるのが変革の手始めだよ。

GJG04_008) 古来言われる人間生活の基本条件「衣食住」は、現代じゃ次の程度まで拡大して考えるといい:<い>衣料・医療・Electricity=電気・Information=情報、<しょく>食料・職業・色事=恋愛・結婚生活、<じゅう>住居・集団・自由=私生活・銃=自衛手段。

GJG04_009)人間的生活の必須条件中、「金」との交換が妥当なのは<い>衣料・医療・Electricity=電気・Information=情報<しょく>職業<じゅう>住居。貨幣経済枠外要素は<しょく>食料・色事=恋愛・結婚生活<じゅう>集団・自由=私生活・銃=自衛手段。

GJG04_010)「銃=自衛手段」を自前資金で用意させる社会は悪夢だ。武力防衛は国防の領分であって、これを個人の裁量に委ねることは、大金払って私兵雇える大金持ちが中世ドイツみたいに乱立する戦国状況。自衛隊の役割には各種議論があり得るが、個人レベルの武力防衛論を認めるのは危険だ。

GJG04_011)「色事=恋愛・結婚生活」も「自由=私生活」も、金で手に入れるもんじゃない。金がかかる側面はあるけど、新手の衣裳買うみたいに新しい恋人が手に入るわけじゃない。属する「集団」もそうだが、自然に引き寄せ合う人間同士の力学で手に入れるもの、貨幣経済の枠外にあるものだ。

GJG04_012)貨幣経済枠内/外の微妙な境界線上にあるのが「食」だ。農家なら自給自足も可能だが、自前で作れない魚や何かは、金と交換で手に入れなきゃならない。が、農産物はあまり高く売れないから、貨幣経済の中では農家は構造的弱者;なので、農業以外にも金儲け手段を用意すべきだろう。

GJG04_013)「食い扶持」を自前で(大部分)賄える第一次産業は、生きて行く上で心強い仕事である上に「食料+職業+住居」が不可分の「食職住一体型」。そこに若干の「金儲け職」を加えて<衣料・医療・Electricity=電気・Information=情報>の出費を賄えればいい。

GJG04_014)1)衣医ei2)食職色3)住集自由&銃・・・今、被災地の人々は1)の欠乏に苦しみ、明日の2)を思って嘆きながら、不自由な避難所の寄り合い生活でも孤独な屋内退避よりは心強く感じているだろう。彼らの強い援軍がまた、自衛隊・・・何とも辛辣な自然からの教訓の数日間だ。

GJG04_015)俺達は考えなきゃいけない。本当に人間らしく生きて行くために必要なものは何か?それを手に入れるにはどんな代償を払わねばならないか?ただ金儲けして札ビラ切りゃそれでいいのか?食い扶持稼ぐだけじゃ何が足りないのか?一人で行きてく自由とみんなと共にある安心の均衡点は?

GJG04_016)今の日本人は「客からカネ分捕って、散財して社会に還元すりゃ、その循環構造の中で間接的社会貢献することになるからそれでいいだろ?」の間接論法で逃げ打つばかり。だからみんな無責任なんだ:他人に対してのみならず、自分自身の幸福や人生そのものに対してさえ、間接的。

GJG04_017)もっと直接、自分の人生を人間らしく幸せに成り立たせることに、日本人は貪欲になるべきじゃないのか?「金」は便利な交換価値だからいろんなものと取り替えが効くけど、その交換性の便利さがアダになって、いろんなものが見えないまま、半世紀・・・今回こそ反省期じゃないのか?

GJG04_018)「今、周囲にあるものへの盲従」を旨とする日本人の国民性を思えば、古い「貨幣経済=交換生活=間接人生」を反省して直接的幸福をより強く求める新生日本への生活改革なんて、一斉に演じられる道理もないけれど、誰かが始めて成功すれば、こぞって真似するのも、日本人の特性だ。

GJG04_019)現状がダメなのは日本人の誰もがわかってる。「誰が」悪いかをやたらあげつらう人達は無数にいる。だが「何が」悪いかに言及する人は少ないし、「どう」悪いかを突き詰める人はもっと少ないし、「どうすれば」良いかを論じる声はほとんど聞こえない。大声上げて論じるなら、今だ。

GJG04_020)今回の震災で<衣医ei/食職色/住集自由>をごっそり丸ごと奪われて、古い日本の経済の枠組みから力ずくで切り離されてしまった被災者のみんな・・・弱体化した日本経済に多大な金銭的負担をかけるだけの御荷物扱いしたがる古い日本人を見返して、新生日本の先駆者になろうよ!

GJG04_021)残酷なことを言うよ・・・弱肉強食の資本主義の枠組みの中では、万事が早い者勝ち・持てる者勝ちだから、ゼロから出直す被災地のみんなには、新たなルールの新たなゲームの中以外に活路を見出すのは難しい。だから<衣医ei/食職色/住集自由+銃>を見直すことから始めようよ。

GJG04_022)被災地に新生日本の「U-I=YOU&I=友愛文化圏」の足がかりを築くには、準自給自足農地が放射能汚染されていたのでは話にならないから、福島原発で命懸けで原子炉と格闘する「他者を殺すためでなく、同胞を救うためにのみ存在する日本の銃」に心から手を合わせて、祈ろう。

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