2011, 3/20
GJG06_001)震災から9日目の日曜日、明日は春分の日で連休だが、移動の足と物資不足が不安で行楽地も閑散な首都圏の状況を思い、人間生活の基本条件として、昨日までの<衣医ei/食職色/住集自由+銃>の上に、<(い)移異>と<(きょう)興競+教>を加えるべきだと今日は感じている。
GJG06_002) <移=移動手段>は人間古来の生存必須要件だが、<異=日常と異質の体験><興=仕事を離れた遊びや興趣><競=他者と競う興奮>は基本的生存確保後の贅沢生活の基本要素。これら全てがこの十日間の関東以北で凍り付いていて、「異」だけが異様に日常を支配している毎日だ。
GJG06_003)普段なら自ら好き好んで求めに行く非日常的「異」は、予期せぬ余震とやむを得ぬ計画停電の形で関東人の生活にのしかかり、「競」は自らの優越感をくすぐる商業的スパイスとしてではなく、入荷するなりたちまち空になる気がする物資の買い込み競争の形で醜悪に演じられるここ数日。
GJG06_004)電車も燃料も不安な<移>動手段麻痺状態の今、<競>って<興>求める人波が関東圏でなりを潜めてるのは当然。今までの日常と実に<異>なるこの落差が、現状の日本人の贅沢度とその贅沢消費を前提とする現代日本産業構造再確認の目安。俺達、随分な浮き草の上で生きてたんだね。
GJG06_005)賢いみんなならもう気付いてるだろうが、こうした贅沢な<移異><興競>の非日常性産業はみな「貨幣経済」の花形役者だ。産業の足としての側面もある車や列車等を除けば、旅行産業もゲーム業界もパチンコ屋もスポーツ界もみな贅沢な浮き草稼業;これが現代日本の荒稼ぎ屋なんだ。
GJG06_006)日常の基本的生存条件の<移>も<E=電力>も足りない計画停電実施中の関東圏で、<Extra Entertainment=余分な余興>のプロ野球を大量の電気を喰うナイターで開催しようとした阿呆Gは、浮き草生存に必須の「日常性への復帰」をあまりにも焦り過ぎた訳だ。
GJG06_007)みんな、よーく見ておけよ・・・これから徐々に大きくなる「日常性への復帰を!」の大合唱が、誰の音頭取りで行なわれるかを。賢い君なら、わかるよな?人間の基本的生存には関係ない「浮き草金儲け産業」の連中の大声が、これから、鬱陶しいほど、日本に鳴り響くことになるんだ。
GJG06_008)震災直後の短い期間に日常性の喪失と共に自粛せざるを得なくなった自分達の金銭的損失を補うべく、「立ち直ろうニッポン!」の名の下に、名を売りモノ売りカネの流れを生む浮き草娯楽産業の反動的自己主張が、日常を圧倒する非日常の形で、日本のメディアを塗りつぶすことだろう。
GJG06_009)浮き草娯楽産業の言い分は、こうだ:「被災地への遠慮で消費が冷え込めば日本経済全体が沈滞するから自殺行為」。だが実際は、自殺じゃぁない。消費者は生活に必要なものはちゃんと買う。不要な買い物はしないから浮き草稼業だけは痩せ細る。それが困るから、浮き草側は煽る訳だ。
GJG06_010)短絡しないでくれよ、俺は浮き草娯楽稼業を否定しようってんじゃない。仕事こそ最高の愉悦だという恵まれた人間以外は、娯楽がないと窒息しちまうからね。ただ、浪費型自由経済主導者の徳川宗春も、徳川吉宗の引き締め政策抜きには生存不可能。浮き草は、浮き草でしかないんだ。
GJG06_011)日本の浮き草娯楽産業の最悪の問題点は、日本人の稼いだ富を日本人が掠め取るだけの閉鎖系金銭循環構造。日本人消費者だけが乗っかった小さなパイを巡るムシリ合い競争いくら繰り広げても、増殖するのは富じゃなく怨恨だけ。自分の手足喰うタコみたいに、日本は痩せ細るばかりだ。
GJG06_012)パチンコや富くじは、客に一攫千金の夢を売るだけで、大方の客はハズレを引かされて一方的損失、その損金の大部分はパチンコ屋とクジ発売元を潤し、ごくごく一部が一部の幸運な客の懐に入るのみで、客の金を一方的に収奪するだけで新たな富を生まないから、「産業」とは呼べない。
GJG06_013)パチンコや宝くじほど極端じゃないにせよ、総和一定(ゼロ・サム)の中での発展性なきシェア争いという点で、日本の浮き草娯楽産業には閉塞感がある。対外的発展性ベクトルがないから、気詰まりなんだ。世界の方向いて営業してるディズニーランドあたりと比べて、君はどう感じる?
GJG06_014)日本の浮き草産業の問題点は、地上波TVに最も象徴的に現われてる。売れてる連中が自分の稼ぎ場を確保しようと番組にへばりついてるだけの売り手本意の押売放送の淀んだ沼のような致死的状況は直視に堪えず、俺などは英語放送に逃げ場求めて、日本の放送は大方御免被ってる現状。
GJG06_015)震災報道一色で「通常放送」が掻き消される期間が長引けば、「日常性の浮き草」どころか「惰性のtumbleweed」でしかないこと&なくても構わぬ余剰でしかないことを視聴者に悟らせることになって困るので、日本のTVは震災後一週間頃から徐々に「日常復帰」を始めてる。
GJG06_016)通常放送復帰は、悪い話じゃない。悲惨な震災報道ばかりじゃ気が滅入るし、条件反射的に「誰が悪い!?」の悪者探しする特権批評家気取りメディアの場違いな責任論議は、世上を曇らすばかりで、今何をすべきかの対策論議を霞ませるから、そんな震災報道、せぬ方がマシだからね。
GJG06_017)みんな、しっかり覚えておけよ―「何」ではなく「誰」へと議論が流れる人間は、有害無益な怒声撒き散らすだけのクズだ。「何」がどう悪かったからどう改める、あるいはやめる、その代わりどうなるからああしてこうして・・・そうした議論でなけりゃ、騒いでもただの迷惑な雑音だ。
GJG06_018)TVがやたら「誰が悪い!?」とイチャモンばかり流すのは、「怒りと恨みはワンコそば」だからだ。建設的批判や提言は、本質的には単純すぎ、具体的には膨大すぎる。腐るほどあるブツ切り放送時間枠をTV局が全て埋めるには、どうしたって非建設的非難の怒声に頼るしかない訳さ。
GJG06_019)「誰かを悪者に仕立てて怒鳴り散らせば自動的に自分が正義の味方」的自己正当化図式はバカの専売特許だが、大衆相手にはこれが特に有効。その論法のバカさ加減指摘したら悪者の一味扱いされて自分まで叩かれる恐怖、君は耐えられるかい?(TV界隈の耐性は、かなり乏しそうだね)
GJG06_020)放送枠を安上がりに埋めるのに好都合なダラダラバラエティ番組やイチャモンクレーム番組や観光タイアップ番組で泥沼状態の今の日本のTV業界は、「創造」より「収奪」が、「顧客」より「商売人」が、偉い顔して罷り通る今の日本の非製造業の非建設的ムシリ合い世界の縮図のよう。
GJG06_021)俺、随分乱暴なこと言ってるように聞こえるかもね。こんな議論、イチャモンと怒声だらけのTVやそれに毒された日本人の間でも全く交わされないんだから。でも、自分が乗ってる金の成る木の枝を自分で切り落とす鳥なんて、いるかい?TV批判は、TVの枠外でしか成立しないのさ。
GJG06_022)震災後ずっと公共広告機構の鎮静CM一色だった民放に、そろそろ押売企業広告が部分的に割り込み始めた。やがて両者の比重が逆転して「さぁ日常が帰ってきた!みんなどんどん消費しよう!」気分を煽るって仕掛けさ。別に、消費は悪くない。余ってる金があれば、使えばいい・・・が
GJG06_023)客が「競」い合って「興」を買う構図は、当分見られまい。業界が期待するほど日本の消費者はバカじゃない。この国難の先がどうなるのか不安な中、自分の金を寄ってたかって奪い合うばかりの<移異興競>産業を潤す人は少なかろうし、業界も自らの生存適性を真剣に再考すべき時だ。
GJG06_024)人間の生存の根本要件からはどうしたって外れる浮き草娯楽産業は、顧客が「贅沢は敵だ」モードに入れば即飢え死になんだから、得意先を増やすことに必死にならなきゃ嘘だろう。地理的条件が固定された歓楽街は苦しかろうが、電子の世界の娯楽なら色々可能性は広がる筈じゃないか?
GJG06_025)俺は仕事そのものに愉悦を見出せる「特権階層or workaholic」なんで、娯楽産業の浮沈なんて余所事には多言を費やすつもりはないが、Nintendoが世界ブランドである理由が「ゲームや音楽に国境はないから」というだけの現状じゃお寒い、とだけは言っときたい。
GJG06_026)たとえ日本国内で打撃を受けても諸外国の顧客からの実入りが確保できる強力な輸出品が、自動車と一部ハイテク製品だけ、じゃ寒い話だ。現状の日本の浮き草娯楽産業が「日本の富を国内で収奪するだけの食い潰し業種」から輸出産業に構造改善できれば、少し暖くなるとは思わないか?
GJG06_027)少数の日本人の懐から金引き出そうとするより、広大な世界相手に商売する方が得策だろ?ビジネスの土台を「E=電子世界」に置けば、地震や津波で打撃受ける怖れもないだろ?じゃ、何で広い世界に向かって漕ぎ出さない?わかってるよね、「E=英語」の壁に弾き返されてるんだ。
GJG06_028)原発事故を巡る関東圏の対応はかなり冷静だと俺は感心してるけど、安全を確信してるから静かなのか、どうしていいかわからず身がすくんでるだけなのかは、正直、どっちかわからない。俺は前者だが、それは英国大使館の公式見解を熟読して納得したから=英語の力があったから、だ。
GJG06_029)俺は自分の英語力を「能力」とは思ってない:ネットやPC同様、あって当然の生活インフラで、<教>の一部としての「English:英語」は現代人の生活必須要件に入れるべきだと思ってる。この力なしでは、たとえ国内でどんな偉大な仕事をしても、世界に向けては役立たない。
GJG06_030)日本を「国策医療大国」にするにせよ、日本の浮き草娯楽産業が「日本人からの収奪を繰り返すだけの穀潰し屋」から脱却するにせよ、当該業種の専門知識の<教>以前に前提とすべきは<英語教育>だ。何十年も虚しく言い古され続けてきた能書きだが、国難の今はもう、待ったなしだ。
GJG06_031)大掴みな理想の青写真を(主に東北の民の再生のために)ブチ上げる夢想家的営み以外で、俺に出来る一番得意な仕事は<英語教育>だから、俺同様の危機意識と技能を持った仲間が集まれば、ただの「金儲け英語教材屋」に閑古鳥鳴かせる仕組み、日本人全員のために作る用意はある。
GJG06_032)不眠不休で状況ともパニックとも大衆のヒステリーとも必死に戦ってる「専門家のセンセイ」だの「責任ある立場の人」だのの「大丈夫です!」の一言で、自分の不安を安直に解消しようとする態度も、英語とネット検索能力さえあれば脱却できるんだ。自助精神養う<教>は、大事だよ。
GJG06_033)原子炉事故の状況は刻々変化するから、一喜一憂する心理の向かう先は「不安」以外、ない。こういう時は「最悪の状況でもこの程度の筈」の読みの上に、現状とその「最悪」との距離の大きさを測って安堵するのが得策だ。福島の人には申し訳ないが、東京の俺は安全圏だと得心できる。
GJG06_034)今の俺の二つの祈り「放射性物質の堆積による福島近辺の土壌汚染と、デマの流布による関東圏の買い占め&脱出パニックが、可能な限り軽微でありますように」の実現に向けてのささやかな努力として、英国大使館等の冷静な公式見解とその私製和訳へのリンクを乗せておくことにする。
GJG06_035)英国・豪州・アメリカ合衆国当局の、日本国内在住自国民向けの公式見解の内容に、俺自身は安堵の胸を撫で下ろしたが、安心感の「お裾分け」とか「大丈夫!」の確約とかを俺に望むのは、やめてくれ。俺は体力自慢だが、自助努力を放棄した人々を背負えるほど俺の背中は大きくない。
GJG06_036)オリジナル版:英文のみ→http://www.japanprobe.com/2011/03/16/british-australian-and-american-governments-no-serious-radiation-threat-to-tokyo/
GJG06_037)英文記事の私製英和対訳版(作成者=之人冗悟:Noto Jaugo)→http://fusau.com/japanprobe20110316#_article_head
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