■GJG08)=幸福感を巡る「650万円の壁」・・・何のために儲けるのか?=

2011, 3/22

GJG08_001)現代生活の必須要件<衣医ei移異食職色住集自由銃興競教>を、「個人が金で買う」妥当性で論じ分ければ、<銃>は国の専管事項、<医ei>と<教>も個人購買力任せは国力低下と不幸を招き、<移食職住集色自由>は貨幣経済境界線上にあり、個人買い物任せは<衣異興競>だけ。

GJG08_002) ツイッターでもTVでも目立ってきた「震災前の日常性への復帰を」や「**を通じて元気を与えたい」の上ずった掛け声は<衣異興競>の浮き草稼業の自己主張でもある。彼らも生存賭けて必死だから当然だし、娯楽や虚飾抜きの世も寂しいが、ここらでちょっと考え直してみないか?

GJG08_003)<衣異興競>は生存の必須要件じゃない。「ないと困る」訳じゃない不要不急の浮き草だからこそ「あったら素敵!」感覚をメディアを通じて煽るのがファッションや旅行やゲームやスポーツやショービズ業界。その過程で動く膨大な金に群がる人数も膨大で、これがまたみな「肉食系」。

GJG08_004)日本の阿呆メディアが「日本人は草食化して元気がない」式キャンペーン張ってるの見て、俺は失笑したものさ:浮き草の分を越えた自分達の過度の「肉食性」を正当化しようとしてる愚挙の自覚がまるでない点で、コイツらもう末期症状だなと感じたから。今はまさに、猛省の好機だよ。

GJG08_005)人は「競」争なしには向上しない。が、切磋琢磨のつもりで斥他搾我に「狂」奔する連中の我執は「共」存の敵。自らが創造した何かを他者に振る舞うより、限られたパイを他者より多く自分が分捕ろうと猛り狂うばかりの檻or澱の中の食肉獣の共食いなんざ、見るに堪えない見世物だ。

GJG08_006)食肉獣どもの腐った共食いショーならただ見物拒否すりゃ済みそうな話だが、現代じゃTVでもネットでも、受け手側の拒絶反応などお構いなしの売り手側の押売洪水攻撃を遮断する手段は乏しく、優良製品作りより従順なる顧客作り、中身より見せ方、が優先される売名万能主義の世界。

GJG08_007)Hype=狂噪宣伝の問題点は、目立ちたがり屋が一人出ると他の全員も雪崩打つように続いて歯止めが効かなくなること。「宣伝しなきゃ売れない」のも問題だが、「宣伝さえすりゃ売れる」方が本源的大問題。「作り込み」よりも「売り込み」重視じゃ、品質低下せぬ方が不思議だろ?

GJG08_008)今の日本の泥沼hypeの更なる問題点は、TV等のマスメディアに限らず個人サイトにも「小遣い稼ぎ広告」導入が進んだこと。「宣伝批判=自己否定」の防護線によって、押売PRへの批判を「自分への個人攻撃」と感じる消費者を楯に取る「ヒドラ」退治は、いよいよ困難となった。

GJG08_009)俺のサイトにもバナー広告はあるが、クリック数はほぼゼロ:当然だ、他サイトでも無数に接する押売広告だからね。何万人もが見るような話題性あるビデオ載せたサイト以外では、クリック広告はサイト主の「収入獲得の場」にはならず、売り手側の「安価な大量売込広場」に過ぎない。

GJG08_010)「五千円分の広告費用が生じるまで支払い保留」のAmazonがどれほど多くの商品宣伝を「無料」で実現してるか、考えてごらん。俺、非難してるんじゃないぜ:「インフラ」は作った者勝ちなんだから、彼らやAppleみたいな商売の枠組み、日本も考えなきゃダメ、ってことさ。

GJG08_011)GoogleやAmazonが創った商売の土台の上で他人を出し抜く小銭儲け法を追うのは無様だし、「小銭儲けの方法教えます」と誘って金儲け図るのは更に姑息;だが、こういう巨大利権周辺をうろつくだけの「小金転がし人」が「ベンチャー企業家」気取るのが、今の日本の限界。

GJG08_012)いま突破しなきゃならん日本の閉塞的限界は、「外来巨人の掌の上でのドングリの背比べの日本人同士のムシリ合い」だ。世界に向けて「プラットフォーム」を提供し、商売人から実入りの30%をもせしめるAppleのような枠組み創出、真剣に考えなきゃ、日本を待つのは衰亡のみ。

GJG08_013)根源的に「草食群生動物」の日本人にはしかし、Appleみたいなエゲツない商売は似合わないし、Googleのような純知的網の目増殖の夢も非現実的だ。弱者を食い物にするのが嫌いなこの心優しき集団が世界に誇れるプラットフォームは、「人助け」ベースであるべきだろう。

GJG08_014)じゃ、日本が「世界を相手に人助けする代わりに少しだけ外貨を恵んでもらうプラットフォーム」は何か?・・・答えは・・・俺は言わない。みんなで必死に考えれば、素敵な答えが色々出てくる筈―「答えを他人から引き出してから動く」姑息な体質さえ、脱却できれば、の話だけどね。

GJG08_015)不要不急の浮き草稼業の<衣異興競>扱いされた「ファッション・旅行・ゲーム・スポーツ・ショービズ」と、連中を「売り込む」ことで大金稼いでる「広告業界」は、俺の論調にさぞ怒ってるだろう;が、日本人相手の収奪に明け暮れる連中の体質への俺の慨嘆の方が遙かに根深いぜ。

GJG08_016)「日本国内での金の移動」を生むだけで、日本が生きるのに必要な「外貨の流入」にロクに寄与せぬ浮き草稼業の押売攻勢は、クソやかましいパチンコ屋の宣伝と同じくらい空疎な「日本人からの利己的掠奪」でしかない。忘れるなよ、パチンコ屋や宝くじは「産業」じゃないんだぜ!

GJG08_017)監督官庁との癒着と広告業界への大量資金投入で批判封じ込め図りつつ自分の懐潤すばかりのパチンコ業界は全く論外だが、アニメ業界も、手足喰いタコ業界とタイアップしてキャラクター料稼ぐばかりで生存図るには限度があること、悟れよな。今後の日本人は、共食いにゃ甘くないぜ。

GJG08_018)食肉獣になりきれず死肉漁りするばかりの非建設的な<異興競>は、新生日本を考える議論からは仲間外れの外道だが、「客に自分を売り込み儲ける」より「自分の得意技で客喜ばして、ただ生きる」こと目指す(売れない劇団とか)なら、希望の民の一部として生きる道はある筈だよ。

GJG08_019)そもそもショービズあたりの浮き草稼業で儲けようと思うのが間違いだ。1)自分が好きな事して2)他人喜ばせて3)大金稼げるなんて、儚い夢は捨てちまえ。1)&2)だけ保って3)は捨てれば、集住の巨大なお城の住人の資格はある:金を分捕るなら、相手を「外国」に定めろよ。

GJG08_020)俺に言われるまでもなく、「芸人」の多くは喰うのもやっとの浮き草稼業。アルバイトしながら細々生きる反動で「今に見てろ、ビッグになって見返してやる!」って言う奴に、質問:そんなに売れて稼いで、どうすんの?下積みの苦労への個人的報復以外、一体何の達成感があるんだい?

GJG08_021)今の日本の「メディア有名人」の多くに俺が腹立つのは、「まともな芸がない」ことだけじゃない。客など無視して「売れて儲けて狭い関係各位を潤すこと」のみが自己目的化してる自閉掠奪金儲け構造の醜悪さに、メディア横断的に付き合わされることが、反吐が出るほど不愉快なんだ。

GJG08_022)「有名人」の多くは、そいつを「売り物」にしてプロダクションその他の「関係各位」に金が回るようにするための「口実」に過ぎない。「価値があるから売れる」んじゃない:「売れてるから価値がある」んだ。「有名」以外にちゃんとした取り柄のある人気者、君、何人思い浮かぶ?

GJG08_023)1980年代後半以降の日本のショービズ業界は、まず「人気者」をデッチ上げてから手順前後で「取り柄」を何かしら取って付ける売り込み戦略を「客」にゴリ押しするのに成功しちまった。ただの「有名人」が「政治屋」に化ける図式も腐れポピュリズムも、その忌まわしい副産物さ。

GJG08_024)何であれ「売れっ子有名人」デッチ上げれば受け入れる安直な「客」の育成に成功したなら、売る側は客に「嫌われないこと」だけ気を使えばいい。昔の芸人には「飽きられる事」が最悪の悪夢;最初から「芸がない」有名人にはその心配がないから、永遠に居座る。客には最悪の悪夢だ。

GJG08_025)「有名人」が売れて得られる利益に群がる舞台裏の<異興競>人種(プロダクション・TV業界人等々)はかなり多い。結局のところ、「有名人」は、こういう「自分の傘の下でメシ喰ってる&自分が落ち目になったら収入が減って困る」子分を養う「親分」として、孤軍奮闘してる訳だ。

GJG08_026)子分を養うための親分の奮闘は、親分としては誉めてもらいたいところだろうが、自分の稼ぎのお裾分けに与る子分連の傘を外れた人々との間で繰り広げる狭いパイを巡るゼロサムゲームの閉塞性にまで思いを巡らす余裕はない;が、この点を怜悧に見据えた凄い国がある:お隣の韓国だ。

GJG08_027)韓国ショービズ界の割り切り商魂は凄まじい。美男・美女が競うように芸能人になる。彼らを売り込む枠組みとしてのドラマのシナリオ作家創りまで「国策」推進だ。日本人受けしそうな者には日本語教育まで施した上で各種話題をまとわせて「輸出」する。まさに「食肉獣」の力強さだ。

GJG08_028)外貨を稼げる強力な財閥としてサムスンを強引に創出したように、韓国では人気芸能人まで「国策創出」されるんだ;が、財界の汚職だの、プロダクション側が一方的収奪者となるような奴隷的芸能契約だの、食肉獣世界ならではの醜悪な弊害も多いらしい・・・日本に、マネできるかい?

GJG08_029)日本人は「他人がまんまと成功したやり方」を安直にマネするオメデタイ民族性が強いから、釘さしとくぜ:「韓国モデルに日本人的幸福はない」。社会の特定層に富力を集中させて国を潤すやり方は、日本がマネても不幸になるだけだ;が「外貨を稼げ!」の根性だけは、見習うべきだ。

GJG08_030)浮き草稼業の身の振り方は俺には余所事だが、外貨稼ぎという点じゃ日本のためにもなることだから言うけど、韓国が生身の美男・美女を売り込むなら、日本はアニメ等の作り物オニンギョ男女で世界に覇を唱えればいい:彼ら(?)にゃ老いもスキャンダルもない分、利があるかもよ。

GJG08_031)役者にせよ声優にせよアニメーターにせよ、<異興競>の浮き草稼業で頑張る日本人の多くは、「憂き臭」と呼びたいほどの生活苦の中、ただ「好きだから」というだけでその仕事にしがみついてる現状;彼らの多くには「いつ売れるか」より「いつまでやってられるか」が切実な問題だ。

GJG08_032)一定の才能さえあれば「好きな事」に、儲からずとも少なくとも「喰えない心配」だけはせずに、打ち込める連中を抱え込む余地が「集住の巨大なお城」にあるならば、外貨獲得源となり得る日本初の<異興競>を東北の復興地から世界に向けて発信する夢だって見られるとは思わないか?

GJG08_033)日本の<異興競>は「優秀な作品を創るより、駄作でも宣伝次第で従順に受け入れる忠実な顧客を作る方が得策」という安直な商売手法に依拠しすぎて、自壊した。立て直すには(商業的に調教されて鑑識眼も淀んだ日本人でなく)外国のお客の心と財布を開く作品作りが必要じゃないか?

GJG08_034)「顧客作りじゃなく、作品創り」を目指すのを放棄した日本の<異興競>の姿は、「人気漫画や小説原作の物語」以外殆ど目にせぬTVの姿を見れば一目瞭然。「創造」より「集客」一辺倒の業界の旧弊を断ち切って世界に漕ぎ出す場も、東北の集住の城の一角に求めるべきじゃないかな?

GJG08_035)「創造」に背をむけた「集客業界」は、何が何でも儲けて金が回るようにせにゃ沈む船みたいなもの。飢え死にギリギリでも「好きだから」というだけで「創造」と向き合う<異興競>人種は、乗るべき船を間違えちゃいけない。儲かりゃ東北に還元して、喰わしてもらいながら創ろうぜ。

GJG08_036)日本人にとって「収入増」に比例して「幸福感」が増大するのは「年収650万円まで」で、それ以上はいくら儲けても満足度が増すわけじゃない―そんな話、聞いたことないかい?額面そのものにあまり意味はない:「金銭のもたらす幸福度の限界点は存外低い」ってことが大事なんだ。

GJG08_037)幸福度が頭打ちなら「650万円以上稼がない」と国民みんなが決めちゃえばいい、って思うかい?ところが実際はそうはならない。稼ぎの上昇に応じて次々導入した「金持ちなら当然」の諸々の出費も段階的に上昇し、結局収入も無限上昇を目指すことになる:正に「富裕奴隷」だね。

GJG08_038)個人レベルでの「富裕奴隷」状態からの脱却は、それでもさほど困難じゃないが、「自分の傘下で喰ってる子分」を抱え込んだ「親分」ともなると、「無限の収入増」の模索を「利己心」じゃなく「(部分的)利他心」として行なうことになるから、「富への隷属」は、死ぬまで続くんだ。

GJG08_039)誰かを喰わせるために必死に働く・・・尊い響きだけど、本当にそうかな?「親が子を喰わせるため」なら手放しで賞賛すべき勤労だけど、「親分が子分を喰わせ、子分は親分に頼りきり」の金労は、社会全体に対しては、部分的に無責任ってことにならないかな?再考の余地、ないかい?

GJG08_040)年収650万円という金銭的幸福の壁の向こう側で右往左往する生活には(幸か不幸か)今回の被災者達の多くは(復興直後は)縁遠いだろう。「生きている」ことの有り難さを噛み締めつつ「生きて行く」ための必死の営みで足場を固める彼らこそ、新たな人生そのものの創造民なんだ。

GJG08_041)「生きて行く分だけの食い扶持」を農業や漁業を通して自然からもらい、そのお裾分けで食べさせてもらう「不要不急の創造文民」が貨幣経済の枠内で価値を生む(可能性ある)仕事で恩返しする・・・そんな650万円の壁のこっち側のYOU&I=友愛文化圏、東北に築いて行こうよ!

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