■GJG11)=間接経済と相対性の挫折・・・どうする、電力問題?!=

2011, 3/25

GJG11_001)今日の俺の問い掛けは(俺自身を含め)全ての日本人の耳に痛い話になる。今まで頬被りしてきた問題が一気に噴出して今、出し抜けにその醜悪さと真正面から向き合うのを強制された形だから、逃げ出したい日本人が殆どだろう・・・が、もう逃げ場はない。逃げれば自滅が待つだけだ。

GJG11_002)<衣医ei移異食職色住集自由銃興競教>の現代生活必須要件中、その欠乏の恐怖を被災者が痛感したのは<衣医食住>に加えて<eエネルギー&移動手段>と<i情報>だろうと思う。やがて日が経つにつれて<職教>の不安が募る・・・<異色集自由興競>に気が行くのはずっと先だ。

GJG11_003)エネルギーと移動の足の問題は、被災地では電気・灯油・ガソリン・車・道路の絶望的途絶、首都圏ではガソリン・鉄道運行本数の減少と生活・生産の場での間欠的計画停電の形で被災者以外も直撃し、震災後2週間の今はもとより、少々我慢すればすぐ去るような一過性の問題ではない。

GJG11_004)困るのは<異色集自由興競>の第三次産業(観光・外食・娯楽等)。平時の花形産業は緊急時に弱い。頓珍漢な連中は昭和天皇崩御や阪神淡路大震災直後のサービス業営業自粛<ムード>と現状を混同してるが、今回は「電力喪失」が招く営業自粛<モード>、まるで異質の危機なのだ。

GJG11_005)福島原発が供給していた電力が失われ、埋め合わせが当面不可能である以上、新たな電力源を得るまで首都圏の電力不足は永続する。間欠的計画停電は製造業の生産力をも挫く。夜のネオンを消したぐらいじゃ凌げぬ電力逼迫も大問題だが、第三次産業への痛撃はもっと深刻な死活問題だ。

GJG11_006)戦時中の灯火管制以来の計画停電モードの中で消費者の奢侈は期待できぬ以上、第三次産業は大惨事ムード。消費冷え込みを恐れて当該業界は今「被災地以外の人々から元気出そう」と必死に叫ぶ。が、金の無駄遣いはよいが電力はダメという今回の異常事態は、サービス業には致命的だ。

GJG11_007)この非常時に<異色集自由興競>など後回し・・・この現実に、被災地もそれ以外もない・・・が、これは関東以北の本州限定の話。電力の周波数も違い震災の被害とも無縁の関西圏に、自粛<ムード>はあっても自粛<モード>の必要性はない。だから、関東圏のライバル達は焦る訳だ。

GJG11_008)4千世帯分の電力を一試合で浪費する東京ドームのナイターで開幕を強行しようとした読売球団の暴走にも、「関東圏で消費沈滞が長引けば、第三次産業の停滞に加えて関西圏の相対的優位を許すことになる」という経済学的思惑を「愚衆には見えぬ大局観」として誇る臭いが強烈に漂う。

GJG11_009)厳寒も緩む4月間近の夜間の電力需給は暖房不要分だけ緩むから、3月末のナイター開催は「統計的賭け」として成立する可能性はあるが、「冷え込み消費打開のための第三次産業の救世主的行動」を読売グループが演じる権利はない。それを強行する傲慢な暴挙が断罪されたのは当然だ。

GJG11_010)「企業が操業停止し、個人が帰宅直後に各種電力を一斉に使う時間帯を過ぎれば、電力需要は緩むから、夜間の節電努力も緩めてよい」というのは真理だが、他者に喧伝すべき真実ではない。節電モード不要の時間帯を間に挟めば、大衆の節電ムードは一気に緩んでしまうのが常だから。

GJG11_011)社会全般の時間帯別電力消費量を的確に読んだ上で自らの電力消費量の意志的増減が可能な人間が大勢を占めている世間なら、ガソリン、食品、果ては(乳幼児以外には全然不要の)真水まで、愚かな買い占め騒ぎが起こる道理もあるまい?徹底節電一本槍以外、この社会では危険なんだ。

GJG11_012)読売グループの暴走でもそれ以外でも、第三次産業側も黙って営業自粛し続けて飢え死にする訳には行かないんだから、「日常を取り戻し、どんどん金使おう」の声がデカくなるのは当然だ;が、それが被災地をダシとした慈善活動へ、そして忘却へと向かうのもまた、哀しき既定路線だ。

GJG11_013)被災者が本当に頼りにすべきは国からの補助金であって、慈善募金じゃない。慈善は、その客体となる被災者より、主体となる非被災者の心や芸能人の営業活動に寄与する方が大きい。責めてる訳じゃない:この間接的相対性が現代社会の宿命ってことだ。慈善は、心のためにするものさ。

GJG11_014)善意のチャリティで、主宰者は名を上げ、寄付者の心は安まり、被災者は忘れられてないことを感じる・・・間接的な形でお互いを潤している・・・だから「慈善ムード」の終息で「日常モード」に戻った時、その「よそよそしさ」に置き去りにされた被災者は、打ち負かされそうになる。

GJG11_015)今マスメディアで繰り返される「**を通じて被災者に元気を!」という浮き草稼業側の言い草に、偽善の悪臭を感じてるみんなに言いたい―責めちゃいけないよ:彼らは俺らに対し、それ以上出来ない間接的間柄なんだってこと、認めた上で、「なるべく長く、頼むぜ!」とだけ言おう。

GJG11_016)哀しいし、ある意味、可笑しいことでもあるけれど、人間が他人の幸不幸に直接的に関わることを許されない「あっち向いてホイ!」の現代日本の社会構造では、「がんばれ」「たちあがろう」「きっとできる」と叫ぶだけのよそよそしい声が、大方の非被災者に出来る支援の限界なんだ。

GJG11_017)この間接的相対性の社会構造を、俺自身は好きじゃないから、少しでも直接的に被災者のみんなを元気付けようとこんな勝手な未来図描いてるけど、「あっち向いてホイ」の間接の呪縛の中にある日本人が震災を忘れようとする姿を見ても、彼らを責めちゃいけない:仕方ないんだからね。

GJG11_018)間接的な形で連動するしかないこの社会の中で、直接的じゃないからなかなか見えない因果関係のいくつかは、この機にじっくり直視する必要がある。日常性が後退すれば途端に飢え死に危機に陥る第三次産業への依拠の脆弱性もそうだが、何より直視が必要なのは、原子力発電の問題だ。

GJG11_019)福島原発は東京への電力供給専用=福島を犠牲に東京の生活を成り立たせるいびつな構造を、今回の原発事故で初めて知った日本人も多いだろう。沖縄に米軍基地の巨大負担丸投げしてる現実によく似た間接性「あっち向いてホイ」社会の一側面・・・それらをこの際、全て洗い出すんだ。

GJG11_020)「負担は他者任せ&代償は補償金で」の間接性取引のいびつさは、しかし、洗い出したとしても、負担(&被助成)側から受益(&補償)側への実負担転換は困難な場合も多いだろう。その場合、日本人全体が、生存様態の抜本的変容を強いられる;が、もう拒絶することは許されないぜ。

GJG11_021)米軍基地の問題で、これ以上琉球の民を苦しめ続けるのは非人道的とさえ言えるだろう。では、沖縄の基地を本土に持って来るか?基地の縮小を米軍に求めて、日米安保ひいては米国の対アジア太平洋戦略全体の改変を求める意志を、日本が発揮できるか?難題だから、また、逃げるのか?

GJG11_022)間接的相対性問題は「私バカですから、そんな難しい問題わかりましぇーん!」と開き直って逃げを打つ大衆のせいで、平時はひたすら放置される。ツケを非常時まで回すから、いざ直面を強いられた時にはもう解決不可能に近い大難題に膨れ上がってる。沖縄基地問題も、大変な難問だ。

GJG11_023)関東圏の電力不足も、早急な解決が求められる問題だ。が、原子力発電所を新造する以外に、福島原発の喪失を補う策はない。しかし、その新造を東北が拒んだなら、関東圏が無理強い出来る策じゃない:少ない電力でやり繰りする新たな生き方への変容を、関東圏は迫られることになる。

GJG11_024)間接的に連動する相対性世界の危うさとは、そういうものだ。福島の忍従に依拠した首都圏の多電力消費生活、浪費的貨幣循環構造に依拠した第三次産業、様々にもつれた相対性の糸がブチッと切れる恐怖を今、味わってるみんな・・・今だからこそ、逃げちゃいけない:直視するんだ。

GJG11_025)いま福島が味わっている恐怖と悔恨、今まで味わい続けてきた彼らの苦難、それを無視して短兵急に「とにかく首都圏には電力が一刻も早く必要なんだから、東北への新造原発以外、ないんだ!」と迫るようなマネだけはしちゃいけない・・・そんな強者のゴリ押しは、日本を壊すだけだ。

GJG11_026)間接的相対性の中で事の本質が見えにくい問題として、もう一点追加するぜ。今回の福島原発の事故責任は、東京電力にある?不都合な事実の隠蔽体質とか、安全性に疑問が提示されていた原子炉を運用し続けたとか、確かに色々問題はあったようだが、東電だけ責めていればいいのかな?

GJG11_027)今回の事態で、俺達は二つの事を嫌というほど思い知った。1)福島原発に東京がいかに深く依存していたか2)原発の事故がいかに甚大な被害を招くか・・・国力の根幹に直接関わるこの問題を、一民間企業の東京電力に委ねる「間接性あっち向いてホイ国策」なんて、あり得る話かな?

GJG11_028)福島原発の事故処理作業も、事故被害の損害賠償も、政府は「東京電力に丸投げ」。初動段階でアメリカが進言した海水注入を拒否したのは、施設を壊したくない東電の思惑のせいだろうが、営利企業の目でなく日本の国策目線で事の処理に当たっていれば、以後の展開は、どうだったか。

GJG11_029)「福島原発運用で利益を得るのは東京電力」だから「福島原発事故で生じた損害賠償責任を負うのは東京電力」という点はよいにしても、「原発事故を悪化させない責任を負う」のまで民間企業の「東京電力」に丸投げの「あっち向いてホイ」国策は、致命的失策として断罪すべきだろう。

GJG11_030)今回の震災への対応もそれ以前の度し難き迷走も含め、次の選挙での民主党政権への国民からの審判が苛烈を極めるものになるだろうことは明白だ・・・が、「民主党が悪い」の「あっち向いてホイ」非難だけで、いいのだろうか?彼らを選んだ間接的責任主体は、日本国民じゃないのか?

GJG11_031)「自分は民主党には票を入れてない」なんて自己弁護は(俺自身も含めて)無意味な負け犬の遠吠えだ。「自分は原発反対派だ」とか「自分は沖縄に同情的だ」とか叫んでみても、現実に福島や琉球の民でない限り、俺達が「間接的相対性加害者」であることに何の変わりもないんだから。

GJG11_032)直接手を貸したり金を与えたりしなくても、巡り巡って自分の行為や散財が他者を潤す仕組みには、悪いことばかりじゃないが、他者の不幸に積極的に加担しつつも良心の呵責なしに自身の幸福追求が可能な、残酷な両刃の剣でもある。その痛み、今の俺達、分かち合うべきじゃないのか?

GJG11_033)この先更に「電力需給逼迫→電気料金値上げ→東電責任論&値下げ圧力→東電体力激減&倒産危機→電力供給維持のため国税投入→税上げ→民生悪化&経済停滞」の間接的相対性地獄図が思い描けるが、そこでも「東電が悪い/政府が悪い」とばかり叫んでるようじゃ、日本に未来はない。

GJG11_034)間接的相対性社会構造の恩恵に一方で浴しておきながら、返す刀でその弊害だけは他者に被せて「あっち向いてホイ」の繰り返しじゃ、沖縄も東北も救えっこない!「mea culpa=自分が悪い」と認めるところから、他者の不幸を減らし幸を増すのに直接関われる社会を創ろうよ。

GJG11_035)最後に、東北のみんなに、またしても残酷なお願いだ:徹底的な安全性見直しを加えた新造原発による電力供給基地として新生日本の救世主となる道を、東北のみんな自身の意志で選択し、その代償に、不屈の闘志の「東北スキーム」の復興の担い手としての道を、どうか、歩んでほしい。

GJG11_036)今回の事故を踏まえて「反原子力」の急先鋒として既存団体と共同戦線張って電力供給大幅カットでも成立するスローライフを提唱する日本の異端の地となる道を選ぶか、「忍従」でなく「決意」の表明として敢えて「それでもなおかつ原子力」を選ぶか、それは東北の民が決めることだ。

GJG11_037)ただ、どんな道を選ぶにせよ、これだけは覚えておいてほしい―東北の選択には、日本の今後の運命を左右するものとして、世界の目が注がれている。原発反対/推進いずれを選ぶにせよ、「東北」は「広島・長崎」同様、象徴的なアイコンになる。君達は「十字架」を背負わされたんだ。

GJG11_038)核兵器絶対反対の旗印ヒロシマ・ナガサキに新たに「核の平和利用なんて嘘っぱち」のフクシマが加わるか、「手なずけるべき厄介な火たる原子力との格闘最前線」の使命を選択して「二つの核」と向き合う日本の象徴となるか。その選択は「東北」のもの:「首都圏」のものじゃ、ない。

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