方丈記010)人々の家・ヤドカリの貝(閑居の気安さ:1208~1212年)

 おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、五年たり。仮のも、やや故郷となりて、朽葉深く、土居むせり。おのづから、ことの便りに都を聞けば、この山にて後、やんごとなき人の隠れたまへるも、あまた聞こゆ。まして、その数ならぬくしてこれを知るべからず。たびたびの炎上に亡びたる家、また、いくそばくぞ。ただ、仮ののみのどけくして、恐れなし。ほどしといへども、夜あり、昼る座あり。一身宿すに、不足なし。寄居は小さき貝を好む。これ、こと知れるによりてなり。荒磯る。すなはち、人を恐るるがなり。われまた、かくのし。ことを知り、世を知れれば、願はず、らず。ただ、静かなるを望みとし、へ無きを楽しみとす。すべて、世の人のを造るならひ、必ずしも、ことのにせず。妻子眷属に造り、親昵朋友に造る。は主君・師匠および財宝・牛馬のにさへ、これを造る。われ今、身のに結べり。人のに造らず。いかんとなれば、今の世のならひ、この身の有様、ともなふべき人もなく、頼むべきもなし。たとひ、広く造れりとも、をやどし、をかすゑん。

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以下、アンチョコ現代語訳・・・作った人は→之人冗悟(Noto Jaugo) of http://fusaugatari.com/
現代日本語訳

 そもそも、この場所に住み始めた当時は「ほんの一時の仮の宿」と思っていたのだけれども、今やもう五年の歳月をここで過ごしている。
かりそめの草庵も、少々古里じみてきて、軒先には落ちて積もった朽ち葉が深々と層をなしており、建物の土台もコケが生えて由緒ありげな風情である。
隠遁者の身で今更殊更世間の様子を気に掛けるわけでもないが、それでも自然と何かのついでに京都の有様を聞くところによれば、私がこの山に居着いて以降、身分の高い人々のお亡くなりになった話なども沢山耳に入ってくる。
有名人なればこそその訃報は山住みの耳にも届くわけで、その数だけでも山ほどあるのだから、ましていわんや、世間では人数にも入らぬような名も知れぬ人々など、この間にどれほど大勢この世を去っていることか、到底知れたものではない。
度重なる火事で滅びた家もまた、どれほどの数に上るだろうか。
豪奢な住まいも、焼け落ちればおしまい、失う恐怖は立派な持ち物ほど大きい・・・唯一、仮住まいの小屋だけが、呑気なもので、その宿り主には何の不安もない・・・なくしても大して困らないし、住むにも大した不便はないのだから。
少々狭苦しいけれど、夜になれば横になる寝床はあるし、昼に座って過ごす座席はある。
我が身一つを託す宿として、不足はない。
ヤドカリは小さい貝を好む。
これは、ヤドカリが我が身を取り巻く事情をよく弁えているからこそである。
ミサゴ(タカの一種の食肉鳥)は波の荒い磯辺に住む。
これ即ち、人間を恐れるがゆえのことである。
私もまた同様である。
自分を取り巻く事情を弁え、世の中の現実を知っているので、虚しい願望は抱かず、無益な頑張りに大慌てで飛び回ったりしない。
ただひたすら身も心も静かに過ごせることを望み、心配事のないことを喜ぶ。
おおよそ、世間の人々が住み家を建てる場合の常として、必ずしも「居住」という「住居」本来の目的のために実用本位でするのではない。
ある者は妻子や一族の歓喜と尊敬を勝ち取るために家を建て、ある者は昵懇の間柄の友人たちを宿泊させる時のことを思って家を建てる。
主君や師匠をもてなすために、果ては、財宝や牛馬を収めるために家を建てる者さえいる。
私の今の草庵は、我が身一つを収めるために建てたものだ。
他人様のために建てた草庵ではない。
なぜそうなるかといえば、今の世の中の情勢を見ても、私の現状を見ても、伴侶とすべき人は誰一人いないし、頼れる召使いの一人もいない。
そんな私が、たとえ広大な自宅を造ったとしても、宿泊の便宜を提供すべき友がどこにいようか、誰が一緒に暮らしてくれるというのか。

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