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心にもあらでうき世に
  ながらへば
    恋しかるべき夜半の月かな

If my life lasts longer than I will,
This'll be the moon I'll look back upon
To fondly remember how weary of the world I was.

『小倉百人一首』068
こころにも あらでうきよに ながらへば
 こひしかるべき よはのつきかな
三条天皇(さんでうてんわう)
aka.三条院(さんでういん)
男性(976-1017)
『後拾遺集』雑一・八六〇
何ともいこの世の中に、
私は長く生きていたくない・・・
けれど、不本意にも私が
長生きしてしまったとしたら、
今夜見るこの月のことを思い出して、
「あぁ、あの頃は、
長生きなんてしたくない、とか、
月をめて嘆いていたなあ・・・
あの頃がかしいなぁ」などと、
懐旧の情にりつつ、
きっと恋しく思い出すのだろうなあ。
...modern Japanese/English part: Copyright(C) fusau.com 2009
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品詞分解
こころ【心】<名>
に【に】<助動_断定>連用形
も【も】<係助>
あら【あら】<自ラ変>未然形
で【で】<接助>
うきよ【憂き世】<名>
に【に】<格助>
ながらへ【長らへ】<自ハ下二>未然形
ば【ば】<接助>
こひしかる【恋しかる】<形シク>連体形
べき【べき】<助動_推量>連体形
よは【夜半】<名>
の【の】<格助>
つき【月】<名>
かな【かな】<終助>
解題
 作歌事情を知らなくても美しいのですが、事情を知ればなお切ない物語が浮かんで来る歌です。
 「院」とは「帝位を退いた天皇」(=上皇・法皇)のことですが、この歌はまだ「三条上皇」ではなく「三条天皇」であった時代に詠まれた歌。この天皇は皇太子時代が(当時としては)異様に長くて、二十五年間を「東宮」として過ごした後、三十六歳で即位し、六年後の四十二歳で退位すると、ほどなくして亡くなってしまいました。この歌はその退位と死の前年に詠まれた歌とされています。
 当時は、あの豪腕政治家藤原道長の全盛期で、道長は、自分の娘の一条天皇中宮彰子が生んだ皇太子(後の「後一条天皇」)への譲位を、しきりに三条帝に迫りました。帝もまた、自身の政治的立場の弱さをひしひしと感じる失意の毎日であった上に、若い頃からっていた眼病もこの頃にはひどく悪化していて、それが退位の直接の理由ともなりました。
 こうした史実を知ってしまった後で見ると、「もう早く死んでしまいたいのに、不本意にも私が長生きしてしまったとしたら」という不吉な予言にも似た厭世感は、生々しいかぎりです。
 「もし不本意にも長生きしてしまったとすれば、その時にはきっと、今夜めたこの月も、あぁ、懐かしいなぁ、としみじみ思い出すことになるのだろうなぁ」と言うくだりにも、「未来の自分は、眼病のために、もはや生の月をこの目で見ることもできなくなっているだろうから、思い出の心象風景としての今夜の月は、大事に胸にしまっておかなければなあ」という痛切な感慨が二重写しになって浮かびます。
 表立っては見えないところに、もう一つの物語を見せてくれる、哀しい舞台裏の打ち明け話・・・これぞ「詞書き」の真骨頂でしょう・・・清少納言の「函谷関の鶏の嘘鳴き」あたりのナゾナゾ歌とは、だいぶ趣が違いますね。
 三条天皇に圧力をかけて退位させた藤原道長の話については、前後の状況も含めてやはり触れておくべきでしょうか。
 三条帝(67代)の父の冷泉天皇(63代)は、村上天皇(62代)の長男で、18歳という若年で即位しましたが、道長の父の兼家兼家の兄伊尹は、この天皇の後見人になることはありませんでした:代わりに当時の藤原一族の長老の藤原実頼が「関白」として後見を務めましたが、実権は何もなく、既に伊尹兼家兄弟は冷泉の弟の円融天皇(64)を本命として担ぎ出す準備をしており、実際わずか2年で退位させてしまいました。新たに即位した円融天皇には兼家の長女の藤原詮子ぎ、一人息子(後の一条天皇)を生みます。円融天皇は、16年の長期在位の後に、「自分は退位して、兄冷泉の息子の花山天皇(65代)に帝位を譲るが、その皇太子(=次代天皇)には我が息子(一条天皇:66代)を、と考えている」と兼家に漏らします。そこで兼家は謀略を巡らし、花山天皇の即位後たった二年で彼を出家に追い込んで、僅か8歳の彼の孫を一条天皇として即位させ、自らはその後見人として権勢をほしいままにしました。
 冷泉といい、花山といい、兼家にはひどい目に遭わされてばかりですが、花山の異母弟である三条帝にもまた、兼家の息子の道長によって、ひどい目に遭わされる運命が待っていました。
 兼家の死後、「関白」として権勢を誇った長男道隆が死に、その後の権力闘争に勝利したのが道長でした。順調に出世を重ねた彼は、999年、長女の藤原彰子を一条天皇の後宮に「女御」としてがせ、翌1000年には「中宮」として立后させます(既に「中宮」であった定子を「皇后宮」の名に改めつつ、実質的に「一帝二后」としたのです・・・定子は翌年に亡くなっています)。なかなか子宝に恵まれなかった彰子でしたが、1008年に敦成親王(後の後一条天皇)、翌1009年には敦良親王(後の後朱雀天皇)と、二人の皇子を授かります。しかし一条天皇は、1011年に病死、その後を受けたのが三条天皇です。既にその即位時点で、道長の孫の二人の皇子が、将来の天皇候補として存在していた以上、天皇の外祖父として権力を振るいたい道長がいずれ三条帝に退位を迫ることは、道長の父の兼家が三条の父の冷泉と兄の花山をどう遇したかを見れば、火を見るより明らかです。
 用意周到な上に沢山の娘たちに恵まれていた道長は、三条天皇に対する備えとしては、次女の藤原妍子中宮として送り込みました。これで彼女に皇子が生まれれば、道長と三条帝との関係も改善したかもしれません・・・が、彼女には女の子しか生まれませんでした。三条天皇の政治に道長は非協力的で政務もりがち。眼病の悪化もあって、三条帝は譲位をしぶしぶ認め、道長の孫(中宮彰子が生んだ一条天皇の第二皇子)が8歳にして後一条天皇(68代)として即位します。その際、三条帝は譲位の条件として「(道長の娘ならざる別の后の娍子が産んだ)息子の敦明親王を、後一条天皇の皇太子(=次代の天皇位継承者)とすること」を道長に認めさせます。
 しかし、三条帝が死去すると、道長はこの敦明親王に圧力をかけ、皇太子を辞退させてしまいます。これによって、冷泉天皇側の皇統は絶え、以後は円融天皇側の血統のみの世となりました。
 退位後の敦明親王に対しては「小一条院太上天皇」の尊号が送られ、その子息達も親王扱いを受けるなど、余裕の道長大盤振舞い・・・「もうこうなればこの世は我がもの」という余裕でしょうか、強引にして太っ腹道長らしいやり方です。
 後一条天皇が11歳になると、道長は自分の娘(で、帝より9歳も年上の)威子中宮としてがせます。彼女自身は年齢差を思って渋ったようですが、道長は御満悦でした。それはそうでしょう、一代に三人までしか存在を許されない「三后」(皇后皇太后太皇太后)を、威子妍子彰子と、全員道長の娘が占めることになった訳ですから。
 この偉業(覇業?)を祝って道長が開いた威子立后祝いの祝宴に招かれた藤原実資は、「一家立三后未曾有なり」とその日記『小右記』に記していますが、同時にまた、その席上で道長実資に向かって即興で披露した例の歌「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」をも、「れた話」のノリで記しています。実資は当時の貴族の中では珍しく、きっぱりと筋を通す硬骨漢で、道長への批判的態度を明確にする数少ない公卿でしたから、道長としてはそんな彼に向かってこれ見よがしにアザトい歌を詠んで、父兼家譲りの鉄面皮な悪ふざけを演じたつもりだったのでしょう・・・普通ならこうした場合、実資としても返歌をするのが貴族の礼ですが、実資丁重にこれを辞退し、座が白けかかったところで、誰かの提案でこの道長の歌を全員で合唱することになり、何度も何度も繰り返し詠歌された・・・と実資が書き残したことから、この歌は後代まで道長の代名詞となって、(あの『蜻蛉日記』で千年間やっつけられ続けている)父兼家にも負けず劣らずの鉄面皮ぶりを印象付けることになったのでした・・・もっとも、そこまで鉄面皮道長のことですから、この程度の話など恥ずかしいとも思わないかもしれませんが、少々マヌケなエピソードであることは確かです。
 こうして、これでもかこれでもかと言わんばかりに剛胆な行動力を示しまくった道長でしたが、実は結構病気がちで、そのせいもあってかなり信心深いところもあったようです。世俗の栄耀栄華を極め尽くした彼は、1019年に出家し、翌年には壮大な「法成寺」を造営、そこで7年ほど余生を送った末に、62歳で病没しています(兄の道隆と同じ糖尿病だったとも、だったとも言われています)。
 同じ「月」の歌を詠んだ人でも、だいぶ違う運命を辿った二人、三条天皇と藤原道長のお話でしたが、千年たってめてみれば、どちらもおんなじただの故人。変わらぬものは夜半の月。それと、りない人の欲・・・さしたることもなしと思へど、恋しかるべき世は尽きぬ、かな
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