【つ】って言っても「完了」じゃないの?・・・ったく、早く言っ【てよ】

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

 辞書や教科書には「完了」助動詞と書いてある「つ」は、日本人には英語の完了形記号「have」を思い浮かべさせる・・・が、この助動詞にはもう一つ大事な用法がある:「確述」である。
 推量助動詞と共に用いた「つ」の多くは、その推量の意を強める働きをしているのみであって、「完了」の意味は含まない。「てむ」・「てまし」・「つべし」・「つらむ」などは「きっと・・・だろう」の意味であって、「既に・・・していることだろう」のような(英語の未来完了形の)意味には(実はほとんど)ならないのである。
 補助動詞に「つ」が付いた「ありつ」・「はべりつ」は、「確かに・・・という状況があった」となり、「あり/はべり」自体が持つ「存在」の意味を「つ」が強める分だけ「完了」の響きがないでもないが、意味の力点は「あぁ、あったあった、たしかにそういうことがありましたっけ」の力説にあって、時制的にそれが過去に属するもの/完了したものであることを言いたい表現ではない。
 そして、「命令・勧誘」の文脈で用いられる「つ」は完全に「相手に対する強い持ちかけ=ねっ、お願い!」である。「やれ!」にせよ「やろうよ!」にせよ、まだ「やってないこと」だからこそ命じたり誘いかけたりできるわけであって、それは「未来」のことなのだから「完了=すでに・・・した」とは縁遠い。このあたりの事情は、そうした論理的考察によるよりもむしろ、確述の「つ」の命令形に語ってもらうほうがよかろう:「・・・てよ!」 ― 「教えてよ!」・「わかってよ!」・「いいかげんにしてよ!」 ― 今なお残る「つ」の名残りである。
★「ツィッター」でこの「古語随想」の記事を紹介→