「・・・せば」なかりせば、「き」の未然形もなからまし

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

 古典助動詞の中でも実はあまり登場頻度の高いわけではないのが「直接体験過去」と呼ばれる助動詞「き」である。御仲間の「けり」は物語にも詩文にも頻繁に登場するが、「き」は、話者・筆者の体験の中で現実的に捉えられた過去に限定されるため、出番がとっても少ないのである。
 そのあまり登場しない「き」の中でも、特にほとんど出番がないのが、「未然形」としての「せ」である・・・と、こう聞いても、大方の古文読みの人々は「せ?何それ?そんなのあったっけ?」ってことになるであろう。そう、実際、こんなの「き」の未然形に数えるのは反則、という学者さえいるのである。
 過去助動詞「き」未然形としての「せ」が唯一用いられる場面とは、接続助詞「ば」へと続く「・・・せば」なる定型句として「反実仮想(もし仮に・・・だったとしたならば)」の意味を表わす場合のみである。「過去」で「反実仮想」とくれば、英語学習者なら反射的に「仮定法過去」が思い浮かぶであろうが、実際あれに相当する言い回しが「・・・せば」なのだ。
 「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」『古今集』春上・53・在原業平
(現代語訳)もしこの世に桜の花がなかったら、我々が春にこれほど大騒ぎすることもあるまいに
(英訳)If it were not for cherry blossoms, we wouldn’t make so much fuss about spring.
 「なかり<き>:終止」・「なかり<し>:連体」・「なかり<しか>:已然」といった活用形は普通だが、過去助動詞「き」に「連用形」と「命令形」は存在せず、「未然形」の必要性もこの「・・・せば」形以外に於いては全く存在しないのである。
 こうした場合に、たった一つしか用法がないのに「未然形」を宛がうのは勿体ないから、という貧乏根性で、「この<せ>はサ変動詞<す>の未然形であって、過去助動詞<き>とは関係ない」などと言い出す御仁も古文業界には少なくないのだから、恐れ入る・・・文法世界でも実社会でも、この国は、理よりも数に敬意を表する、数合わせ暴力主義がり通る国なのである。
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