「きしかた」?「こしかた」?

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

 ここで、どうでもよい古典的読み分けについて一席。「来し方行く先」と書いて、どう読むか?また、どういう意味か?・・・こたえ:平安中期までは「A)きしかたゆくさき=(時間的な)過去と未来/B)こしかたゆくさき=(空間的な)通り過ぎて来た場所とこれから行く場所」。平安末期以降の読み方は「こしかたゆくさき」でも「きしかたゆくさき」でもどちらでも「A)時間的な過去・未来/B)空間的な通過地点・目的地」双方の意味を表わす。
 平安中期に存在した「こしかた=空間的経過」の感覚は、例によって、当て字が招いた恣意的なものであった・・・「こしかた=越し方」と書いた結果として、「空間」は表わせても「時間」は包含しきれなくなったわけである。その一方で、「来し方=きしかた」が「時間」系を担当することとなったわけであるが、両者の区分が消滅して混同されるようになる平安末期以降は、どちらかと言えば「こしかた」の読みが主流となり、「きしかた」と読むのは和歌の中で「岸方」との掛詞で用いられる場合のような特殊な状況(有り体に言えば「駄洒落」)のみに限定されるようになった。
 何にせよ、元来いい加減な「漢字の感じ」で生まれては消えた区分だけに、上記の知識をエラそうにクイズに出してみても、はじまらない。古式ゆかしき正統表現のつもりでこんな「こし・きし」区分をこねくり回すの知性には、あまり信を置かぬほうが身のためである。
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