【為】さば【成】る、【為】さ【む】は【いやし】の貴人(or奇人or倭人)哉

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

 「稀稀彼の高安に来て見れば、初めこそ心憎くも作りけれ、今は打ち解けて、手づから飯匙取りて、笥子器物に盛りけるを見て、心憂がりて行かずなりにけり。」
 これは『伊勢物語』第23段、有名な「筒井筒(つついづつ)」の一節。幼い頃から庭の井戸に背丈の高さを刻み合って成長した仲の女性と夫婦になった男が、その後別の女(高安という場所にいる)とも関係を持つようになる。このこと自体は問題ない。当時は「妻問婚(つまどいこん=夫は妻と同居せず、愛の営みを交わす時だけ妻の部屋を訪れる)」、男は妻の家の経済力を当て込んで複数の女性と夫婦関係を結び、女の家では夫の社会的地位の恩恵にあやかる(特に、男子が生まれた場合、その地位を世襲する)ことを期待して財力を提供する、という互恵的関係の「一夫多妻制」である。現代日本の恋愛・結婚模様という先入観・偏見で古典時代の男女の姿を見るのは、全くの「僻目(ひがめ=見誤り)」というもの。
 さて、それだけの予備知識を与えたところで、上の古文を現代語訳すると、次のようになる:
 「時折例の高安の女の家に来て見れば、付き合い始めた頃こそ魅力的な御化粧など施していたものの、今やすっかり気を許してだらけてしまい、<自ら御杓文字(おしゃもじ)を手に取って御飯茶碗に飯を盛ってる>のを見て、興醒めな女だ、とがっかりしてしまい、もう夫としてその高安に行くこともなくなってしまったのだった。」
 昔から「釣り上げた魚に餌をやる漁師なし」と言う。餌をやる必要なし、と言う者さえいるくらいだから、「この男はもう私のもの」と安心した妻が、夫の目に魅力的に映る自分を演出する必要も感じなくなるのは自然なことと言えるだろう。現代の奥さんたちだって、気合い入れて化粧するのは芝居見物みたいなかしこまった場に出る時や母校のクラス会に行く時ぐらいであって、夫に対して自分自身を綺麗に見せる努力は怠りがち(夫もまた妻のそうした努力を評価してくれない、という負のスパイラルに陥りがち)。
 であるから、この男がそんな女のダラけぶりを見て「俺はもう、化粧の必要もない相手、ってことか・・・」と興ざめしたのはまだ理解できないでもない;が、その後のくだりはどうであろう ― <自ら御杓文字(おしゃもじ)を手に取って御飯茶碗に飯を盛ってる> ― この姿を見て「がっかりした」と思う現代人が(男女問わず)果たしてどれだけいるだろうか?しかし、この部分には、古典時代の(否、ある程度までは現代にも通じる)日本人の心理を読み解く鍵が隠されているのである。
 キーワードは、次の2つである:
1)<自ら>・・・古語原文では「手づから」
2)<御杓文字>・・・古語原文では「飯匙(いひがひ)」となっている。「しゃもじ」は後代に宮中出仕者の女性達の隠語として生まれた「女房言葉」で、「杓子(しゃくし)」の頭文字に言及する呼び名。
 さて、まずは「手づから」について見てみよう・・・この種の「主体性」・「意志性」・「積極的行動」を、古典時代の貴人がいかにんだかは、この随筆内で幾度となく指摘していることだ。「御飯を茶碗に盛る」という行為は、現代なら「女性らしい」自然な振る舞いであろう。が、古典時代にはこの「食事」なるものは(少なくとも、その準備段階に関しては)「不浄の営み」だったのである。米は日本人の主食だが、それを食えるようになるまでには、辛くて長い土との格闘がある。勤労を美徳とする近代以降の日本の(多くの小学校に二宮尊徳の銅像が建てられた時代の)倫理観からすれば、この種の農民生活の重労働は「尊い努力」であるが、古典時代の貴人にとってそれは「下々の百姓どものやること=下賤の振る舞い」であって、「自ら関わるべきでないこと」なのだった。
 事は米に限らない。美味なる魚も、獣肉も、それを食するまでの段階では、捕まえて、暴れるのを押さえつけながらその命を絶って、血塗られた手に包丁握りしめて切り刻んで、煮付けたり味付けたり盛り付けたりして、それでようやく食膳に供せる状態となる・・・そうした途中経過の全てが、貴人にとっては「いやし」き事なのである。
 そもそも「いやし=卑し」は、語源まで遡れば「あやし=怪し・奇し」につながる。「自分には、具体的に、何がどうなっているのか、よくわからない・・・から、それを見ると不安や嫌悪を催さざるを得ない」・・・それが「あやし」であり、そうして自分には理解不能な複雑怪奇なる現象を前にすると、「わからぬ自分がダメなのだ」とは思わずに「わけのわからぬことして自分を煙に巻く相手のほうがダメなのだ」と思うのが、本当にダメな人間どもの心理である。
 優れた人間はそのようには感じない:「なぜだろう?」と疑問を抱き、「わかった!(Eureka!・・・I’ve found out!)」と叫べるようになるまで、「わからぬままの気持ち悪さ」を原動力に、積極的探求行動にひた走るのだ。わかりもせぬものを「どうせあんなの、ロクなもんじゃない」として黙殺するのは、蔑むべき愚か者の行動様態;わかってもいないくせに、わかったふりするのは、もっと醜い馬鹿者の振る舞い ― これが、西欧合理主義に裏打ちされた近代知識人の心理である。
 が、古代日本の貴人の意識はその正反対なのである・・・この意識、もし、現代にまで引き継がれていたとしたならば、西欧人から見た日本の人々は、やはり「奇人」に映るであろう・・・「この連中、なんでわかろうと努力しないのだろう?」、「連中がわかってないのは(日本人以外の)誰の目にも歴然としているというのに、平然と知ったかぶりして得々としているこの日本人というやつらの心理は、いったいどうなっているんだ?!」・・・いかに「あやし&いやし」の対象(蔑むべき不可解民族)についてであっても「ユーレカ!」状態に至るまで突き詰めて知りたがる西欧流好奇心を満たすには、この随筆中では毎度お馴染みの例の陳述を提示しておけばよいであろう・・・ということで、以下を御覧あれ:
 古来、日本の貴人たちの意識の中では、事は自然に「成る」のが尊いとされ、主体的な意志と努力とで自ら事を「為す」のは下賤の者どもの振る舞いとして、尊敬ではなく軽蔑の対象とされた。貴人はすべからく「完成状態(成る)」に「受動的(る・らる)」立場で「自然に(る・らる)」接する行動様態を取るべきものであって、事を「為す」ための過程に貴人が「みづから・てづから・おのづから」携わるなどはもってのほかであるばかりか、その「過程」にまつわる事柄については、「直視」することも、「直接的言及」さえも、「あやし・いやし」の営みとして忌避されたのである。
 その結果、「食事」という「多分に不浄の過程を含む営み」については、貴人は「喰ふ」とも「飲む」とも言わずに「ものす」だの「召す」だのの語を使って間接的に言及する。「御飯」とも言わずに「御物(おもの)」と言い、「杓子(しゃくし)」と名指しで言うのは下品だからと言っては「"しゃ"文字」などとボカす徹底ぶりである。
 舞台裏で行なわれる営みの全ては「下々の者どもがやること」であり、貴人は徹底的に(行動レベルはおろか、言語レベルでさえも)関与を否定する。そのくせ、そうしてひとたび「成った」事柄については、これを「自然発露的状況」=「出で来たる事」=「出来事」として、さも当然の顔をして受け入れるのである。
 「出来事」を「できた事=行為者の主体的意志と努力と行動を通して可能になった事」と見る感覚は、貴人意識の中には全く存在しない。「出来事」は「結果としてそこに自然とあるもの」であり「成るもの/生るもの」であって、「為す事」ではないのである。事を「為さむ」としてあくせく動けば、あるいは、そうした作為的行動を意識しただけですら、「あやし・いやし」の汚れに自らを染めることになるのだから、「見るのもはばかられる」こととなる・・・「見憎し→見にくし→醜し」=「見るに堪えない」営み、それが貴人にとっての「行為・営為・人為」であって、あらゆる「行為」は、貴人の眼前に出る段階では「自然発生的出来事」へと化けてしまうのである。
 「お"シャ"文字」で茶碗に「手づから」御飯をよそう(現代語では、よそる)行為を見咎めて、「あら、おかわりするなら言ってください、私がよそり(本来は、よそい)ますから」と慌てて相手を制する現代日本女性は、「摂食者の不浄の営みに向けての主体的行動」を「あやし・いやし」として排除しようと動いて(or動かされて)いるのである ― 千年も昔の貴人意識の見えざる手によって・・・「しゃもじ」を「杓子(しゃくし)」と言わぬ意味も、不浄なる過程を経て食膳に並ぶ御飯を食器に盛り付ける際には「よそう=装う・・・さも自然な出来事として生じた(成る)ものであって、営々たる努力の末に為した(する)ものではない、的な雰囲気を演出する」必要がある理由も、この種の盛り付けをする係の女性が近来まで日本では「飯盛り女」として「下賤の商売女」扱いであった事実も、何もかもまるで知らぬままに、「手盛り手酌無粋な行為」なる「由緒正しき和風御作法」への盲従を、アッケラカンと、今日もなお、「あやし」とも思わずに黙々と続けているわけである。
 ・・・かくて、長々続いたこの考察文に副題添えるとするならば・・・「現代日本人の不可解(あやしき)行動の背後にいるのは、千年昔の貴人意識の幽霊か?」・・・西欧合理主義の同胞たちよ、こんなところでいかがであろう、「Eureka!(ユーレカ!)」と叫んでもらえたであろうか?
★「ツィッター」でこの「古語随想」の記事を紹介→