【為す】にならない【なす】は【做す】

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

 「なす」は一般に「為す=行なう、do」であるが、動詞連用形「~」の後に付ける造語成分としての「なす」は「做す」であり、「本来・・・でもないものを、・・・であるかのごとく~する」の意味を表わす。その代表的な例を挙げておこう:
◆「見做す」=本来・・・でもないものを、・・・であるものと見る。
 ・・・これは現代語「みなす」としてそのまま残っている。
◆「聞き做す」=本来・・・でないものを、・・・であるとして聞く。
 ・・・「聞く」対象が「他人の発言」なら、「あの人は・・・という趣旨のことを言った、と解釈する」となるが、多くそれは「聞き間違い」や「曲解」の意味で用いられる。「聞き做し」=「空耳、気のせい」の名詞形でも多用される。
◆「言ひ做す」=本来・・・でないものを、・・・であるかのごとく言う。
 ・・・要するに「丸め込み」や「言いくるめ」・「強弁」・「弁解」・・・現代人お得意のこじつけ話法である。
◆「取り做す」=ばつの悪い事態に接して、その場に収拾を付けるために、・・・という感じで取りまとめる。
 ・・・「取り繕う」の感じに近いが、利己的欺瞞行為というより、誰かのためを思っての偽善的’シャン・シャン’行動の色彩が濃い。
◆「思ひ做す」=先入観に左右されて、あるいは自己流に、・・・であるものと堅く信じ込む。
 ・・・バイアス(bias=偏向)思考を表わすものであり、時代を問わず見られる人間的感じ方の基本行動と言えるものだが、現代語では「おもいなし」としては残らず、「こころなしか(心做しか?)=これは自分の気のせいだろうか、何となく・・・っぽい」の中にその名残りを感じさせるのみである。
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