【たまはる】人は目下?目上?

WEB古文講座『扶桑語り』より・・・「古語随想」ちょいかじり和語教養講座

-元来受動態の「たまはる」-
 現代日本語の「賜わる(たまわる)」もそうであるが、中世以降のこの語は「目上の人が、目下の人に、何かを与えてくださる」という尊敬語として用いられている。が、原義的にはこの「る」は「受身」であり、これを「尊敬」と捉えた中世以降の使用法は誤用なのである。
-「たま(魂)+あふ(合ふ)=たまふ」の考え方-
 そういうわけで元来「目下の者が、目上の人から、何かを与えていただく」の受動表現であった「たまはる」は、構造的に「たまふ+(受身の)る」であるが、上代に於ける「る」の原義は「受身」というより「自発」であるから、その意味で言えば「たまふ・・・という状態に自然に恵まれる」が「たまはる」の原義ということになる。
 そもそも「たまふ」とは、「魂+合ふ=たまあふ→たまふ」であり、目下の者の「欲しい、という思い(魂)」が、目上の人の「与えたい、という思い(魂)」と、うまく「合致する(合ふ)」という調和的状態に言及する語であり、その成立過程はあくまで自然体のものであったから、その「る」は当然「人為的受身」よりは「自然発露」の響きを宿していたものと考えられる。
 そう考えれば、人為性の響きが濃密な中古以降の「受身」の「る」より、もはや空気のようにその存在感が希薄な「尊敬」の「る」として捉えられた「たまはる」=「与ふ」の「尊敬語」の感じ方も、満更間違いとのみは言えないのかもしれない。
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