ことなしび、ことなすぢ(from『扶桑語り』)

 政界は相も変わらず迷走続き。三月十一日の大震災から三月を経てなおこの施策不在・・・だが、民間レベルの思索不在もまた深刻・・・「巨大な難題は政治の仕事:自分はただ、今まで通りの仕事(&生活&権利)にすがりつくのみ」の発想自体が既にもう「不幸はみんな他人事」のノンシャラン倭人様態だ、と、感じる感性・理性のある日本人が、何人いることやら。
 国政の不毛は国民の不毛。それを喝破するには「外国人の目」が(当然、外国語の技能も)必要・・・ということで、困った倭人様態を「英語」+「千年昔の平安調古語」(+どうにもわからぬ人のための、現代日本語訳)を通して眺める(大学入試古文力自学自習WEB講座)『扶桑語り』より「事無しび、事為す地」・・・(文章も、この困った様態そのものも)かな~り長いけど、脱却する意志&知的好奇心&根性あるお方は、お読みあれ。

from HEIANESE JAPANESE STYLE ESSAY: "Fusau Tales"(ふさうがたり):

『ことなしび、ことなすぢ』

『事無しび、事為す地 | 見て見ぬ振りと、してやる土台』
Not That It Matters, ‘Tis Guts That Really Matters

いまもむかしもふさうのくにのみやづかへのしだいは、ともかくもかど・すぢのおとりまさりのついづるところにて、まめごとのさいかくいかにしたたかなりとも、むべむべしきうしろみなくば、かけてところうるすべもなし。

 今も昔も日本国では、宮中や貴人の家への奉公の成り行きは、とにもかくにも家柄・血筋の優劣が序列を決するものであって、実務処理の能力がいかに確かであろうとも、しっかりと頼もしい格式の高い後見人がいなければ、良い地位に就く方法など皆無である。
 Now as of old in Japan, promotional considerations in public service are determined somehow by the degree of pedigrees; no amount of ability to practically handle business can possibly guarantee you high positions, without personal support from someone with influence.

まいて、くもゐのかみにあがらば、いろふべきまめごとさらにまれにて、あそびのほかにはてづからおこなふことさしもなし。

ましてや、宮中の高い地位に出世すれば、関与する必要のある実務はますます少なくなり、詩歌・管弦・狩猟・行楽・酒宴といった遊芸以外は、自分自身で行なう仕事などあまり多くは存在しない。
Still more so, the higher you go up in ranks; at the top of the Imperial court, there are fewer and fewer cases of practical business transaction, where you’ll find little if any that you have to do in person except for such entertainments as sport, holidaymaking, banquets or artistic performances.

ぢもくありてあがたのしるところにまかるずりやうは、よろづいたつきおこたることなくつとめて、つひえ・せうとくふかくせずしたたむれば、ぶげんのきはおのづからいやまさり、けだいあらばしやうくわうりやうにしてふがふなるべし。

 人事異動で任命されて地方の領地(国司の任国)へと下向する受領(地方長官)は、万事に気を配り怠けることなく気をひきしめて事にあたり、支出と収入とを油断なく管理すれば、富裕の度合も自然にいよいよ増大し、怠惰な行ないがあれば荘園は荒れ果てて経済的に貧しく不幸になる筈である。
 In the case of governors officially transferred to local districts, who actually go to live in and rule their territories, they will naturally and increasingly rise in wealth, as long as they make strenuous efforts to see to it that nothing goes wrong under their administration on the carefully managed balance of revenue and expenditure, while their negligence will render them and their territory desolate, unhappy and poverty-stricken.

ひとやりならずおこなふかひがひしきわざなれば、いかでおろそかにかまふべき。

他人に強制されてすることではなく、自分自身の意志で当事者意識をもって行なう、努力しただけの見返りが見込まれる仕事なのだから、どうして粗略な気構えで臨んだりするものか。
How can they deal half-heartedly with the business of their own that is very lucrative and well worth their efforts?

おほやけごとかならずしもさならず、なかにもだざいのまつりごとは、おほやうそちのかまふところならで、せいばいつかうまつるはもはらだいに・ごんのそちなり。

 朝廷の政務は必ずしもそうではなく、中でも特に太宰府の政治はだいたいにおいて師(太宰府の長官。親王が任命されることが殆どだが、現地の実務は他人任せであった)の関わることではなくて、執務致し申し上げるのは専ら大弐(太宰府の次官)や権帥(太宰府の副長官。納言以上の官僚が任命されて実務を執るが、左遷された大臣が名目上の権帥となって実質上の空位になる場合もあった)である。
 Things are not quite like that when it comes to public service. The most striking instance is the administration of Dazaifu at the furthest south of Japan; it is, for the most part, no business of its nominal governor, but is conducted exclusively by the subordinate officer or deputy director.

されば、くもゐのうへなるおとど、いちのひとよりしてみな、よをきこしめすにおほかたみづからはかならずよをしらず。

そういうわけだから、宮中の清涼殿にいらっしゃる大臣・公卿は、最上位の摂政・関白を初めとして全員、国家を統治なさるのに、概して、必ずしも自分自身が世の中を統治するわけではなく、世間の実情を知っているわけでもない。
This example goes to show that practically all the government dignitaries on top of the Imperial court, including the highest-ranking Regent, while ruling the whole country, do not necessarily keep personally in touch — with actual business dealings or with the way the governed live.

しりたるはただつかさをしてきこえさせたることのみにて、かやうなることごとは、きこえさせまうきことはひかへ、きこしめさまほしかるべきことのみこちたきまでことなきありさまにいひなせるものゆゑ、げにはあつしくいたはるべきくにのていたらく、うしろやすきさまにおもひなしつるのちに、とみなるまがことのごとくくものうへびとのみみをおどろかすとも、いまさらにいかがはせむ。

知っている事柄と言えば唯一、役所・役人を通じて間接的に申し上げさせた事情だけであって、そのような物事は、申し上げたくない事柄は内緒にして言わず、上の方々がお聞きになりたがるに違いない事柄ばかり、鬱陶しいほど誇大に膨らませて、何事もなく平穏無事(別解釈:非の打ち所もない理想的状態)の如く、事実以上に誇張してもっともらしく言い繕っているのであるから、実際には病んで大切に面倒を見て治療してやる必要がある病人の如き国の有り様を、先々の心配もなく頼もしい状態だと堅く信じ込んできた後で、突然の凶事のように殿上人にとって寝耳に水のような感じで聞かされたとしても、その段階となってはもはやどうしようもあるまい。
What they do know is what they have lower officers report to them; but such information does not include what those officers would hate to say, consisting solely of what they believe their superiors would like to hear, pompously varnished with soothing or lauding rhetorics; it will be very, very long before the really precarious state of the nation, which ignorant dignitaries have long regarded as stable, suddenly surprises them like a bolt from the blue… when there is nothing left for them to do.

われのしりたるくににはあらで、ひとをしてしらしめたるものなれば、いかにもならむともひとごとにちかく、めざましきまでなほざりなるもうたてことわりにて、にようばう・つぼねのたぐひはさらなり。

自分自身が統治し関わっている国ではなく、下役を使役して統治させているものだから、どうなろうとも(たとえ死んでしまうとしても)他人事に近い感覚であって、(こうした殿上人の態度が)唖然とするほどに当事者意識に欠ける淡泊で杜撰なものであるのも、不愉快なことながら当然のことであって、女房(天皇・后などに仕え、宮中に局を与えられた女性。または、貴族の家に仕える侍女)や局(宮中や貴族の邸内に私室を持っている女官・女房の敬称)といった種類の連中もまた、同様の態度であることは言うまでもない。
After all, it’s a world they have not ruled but they have had others rule in their stead, the ruin of which does not strike them as personal disaster, leaving them surprisingly, scandalously (and naturally) disinterested; needless to say, noble ladies enjoying luxurious living are just as apathetic to the plight outside their residence.

それ、ことなしびにたりきしてことなるをたのみてことなしがほなるは、およそあてなるひとびとのさがなるべし。

 そもそも、何気ない素振りで他人の力を用いて事業が成就するのを当てにして、事を成し遂げる自信満々の顔をしているというのは、おおよそ高貴なる人々の本性というべきであろう。
 Basically, it must be in the nature of all noble ones to rely with nonchalance on the efforts of others to accomplish things to their credit.

めでたくことならば「したり」とてかづきなどし、ものしきしわざは「いさしらず」とてさうにおよばず。

見事に事が成就すれば「でかした」と言って褒美に衣服や布を与えるなどし、気に食わぬ見苦しい所行は「さぁ、何のことでしょうか、自分は知りません」などと言ってとやかく構わずさらりと流してしまう。
If done well, they will say something like “Well done” and possibly express their pride with generous gifts; if done awry, they will do little more than say “Well, I don’t know” and wash them off in utter neglect.

みやびとはよろしわろしもたがことぞしりてしらざるよのすゑつらし

  宮人は 宜し悪しも 誰が事ぞ 知りて領らざる(領りて知らざる) 世の末辛し   『宮中の人というものは、なかなかよいとか、感心しないとか言っても、誰の事を言っているのやら、当事者意識が感じられず、よくわからない。自分が治めている筈の国も、事情を知った上で統治しているわけではないのだから、そんな世間の末席にいる下々の人々はたまったものではないし、こんないい加減な政治が罷り通ったのでは世も末、先々しんどいことであるが、そうして世が零落しても、宮廷人達は、誰のせいでそうなったことやら、などとまるで他人事、どこ吹く風の素っ気ない態度でいるのである。』
  Nothing good or bad seems to happen to Court.   Whatever occurs outside simply slips their thought.   Nobles rule the world not knowing how or why.   Folks go down farther and fare worse in time.

かくても、おほやけのくにをさむるにほとほとわたくしなし。

 こんな風ではあっても、宮中・朝廷が国を統治する際には、私利私欲を肥やそうとする心は殆どない。
 The way the government officials reign, however, is hardly tainted with personal interests.

しかるに、ずりやうもつかまつるいへのこも、あまざかるひななるみをことにして、わたくしのとくをきはめむと、いかにもたくみてせうとくせむとするものなれば、これらをつかはしてくにをしろしめすに、あふなあふなつとめさせずんば、くに、かならずみだりがはしくおちわびて、つくろふにずちなし。

ところが、受領もそれに仕える従僕も、都から遠く離れた身であることをよいことに、自分自身の財産を限界まで増やそうと、どのようなことでも工夫して利得を得ようとするものなのだから、こうした者達を派遣して国を(朝廷が)お治めになる際に、分相応に任務を行なわせなければ、国は必ずや秩序もなく乱れて零落して貧乏となり、治療しようにもその手だてもない。
The local governors or their servants, on the other hand, availing themselves of their rural position far away from the central government, will leave no stone unturned to profit and prosper as best they can; if they are to be employed as tools of governing the nation, they must be made to toe the line and never cross it beyond hierarchic limits, otherwise the country is sure to degrade into disorder and indigence beyond any possible recovery.

しかるを、しな・きはいやしきものをして、おのがぶんにつきづきしくつかへさすは、かたきわざなり。

であるのに、身分・家柄が低い者を使役して、各自の分際に似つかわしいように奉仕させるのは、困難な芸当である。
But people of humble descent or status can hardly be made to serve as humbly as their social standing should demand.

みやのほとりにつかうまつるべきほどのひとならば、もとよりきはたかければことさらうへをのぞむこころだくみせちならずおほやうなるべけれども、かずなきほどのひとはさにあらず。

皇族の近辺に出仕することのできるほどの人物であれば、元々身分が高いので特に上位を志向する工夫も切実なものではなくおおらかに振る舞うこともできようが、物の数にも入らぬ程度の身分の者の場合はそうではない。
People noble enough to be able to serve in the Imperial family’s presence, due to their naturally exalted social status, may be able to keep their ambition for higher positions within reasonable limits ― things are totally different with folks of obscure ranks.

きははきはとてしもにおちつかば、うかぶふしなくたづきなくたよりともしきものなれば、おのがさいかくのみにてにぎはひさかえぬべくたばかるもいかでかわろくびんなかるべき。

身分が低い者は所詮その程度の者でしかないのだ、ということで低い身分に納得して落ち着いてしまったならば、苦境を脱して世に出る機会もない、手段もない、頼れるよりどころ・縁故・便宜・機会も乏しい者なのだから、自分自身の才気だけで必ずや裕福になり出世してやろうと工夫を巡らしたとしても、それがみっともないことだ、感心しないことだ、などとどうして言えようか。
If they should accept the common wisdom that tells us “men are only as noble as they were born to be” and settle down to their innately ignoble situation, they could hope for no chance, no means, no personal connections or convenient opportunities to raise them out of their hardship; how could we blame them for being disreputable or impudent if they should contrive to thrive on the strength of their own abilities alone?

しかも、みづからのさいかくにてわたらふおぼえあるかどかどしきものなれば、もとよりかどひろきをことにし、わくらばにやさしくよめるおもてうたひとつにてもみをかたじけなくすべき、すきずきしきみやづかへのあだなるわたらひを、あなにくとみてあさむこころあるとも、さのみめざましきことならむか。

さらにまた、自分自身の才覚で世渡りしているという自負を持っている才気溢れる(別解釈:気性の激しい)者なので、元々一門が繁栄しているのを幸いにして、たまたま優雅に詠んだ歌が面目を施す代表歌となってその一首だけで過分な恩恵を受けることもあり得るような、風流で物好きな宮仕えの浮ついた生活を、おお憎らしい、と感じ、驚き呆れて軽蔑する気持ちがあったとしても、それほど心外で生意気なことだと言えようか?
Moreover, since they are men of vehement talents and temperaments proudly confident of earning their livelihood depending on nothing but their own practical cleverness, it is not so surprising if they should secretly hate and despise the vainly elegant exercises high up in the court, where people who were born to prosperous families can win the favor of superior ones and get promoted merely by virtue of occasional brilliance in poesy.

しるべうもなげにしらしめしもじものこころもしらずくものうへびと

  領(知)るべう(導)も 無げに領らしめ(知らしめし) 下下の 心も知らず 雲の上人   『政治を執ることもできなさそうなのに、国を治める手引きもなさそうなのに、投げ遣りな態度で他人任せで統治する、一般庶民の心も知らずに宮中にお高くとまっている殿上人であることよ。』
  Too high and genteel to feel how people feel below,   Still, nobility steer the wheel of fortune for us all.   Wish they really knew where and how to go.

かやうなるこころぎもは、うちわたりにさぶらひても、みやびずこちなくこはきことをむねとするもののふどもにもきつとあるべし。

 こうした胸中の思いは、内裏に伺候していても優雅な様子を帯びることなく、無骨にして強壮・頑固なることを第一とする武士達にも、必ずやある筈である。
 Such mentality must also be found among the samurai who, though serving in the Imperial court, make it their business to be ruggedly tough and strong, keeping themselves at a respectful distance from anything urbanely sophisticated.

せんぐ・ずいじん・とのゐのたぐひは、ひとびとしくはあらねども、たのもしからむこそとあふなあふなつとめをり。

前駆(貴人の往来を馬に乗って先導する人物)・随身(貴人の外出に随行して身辺警護にあたる下級役人)・宿直(夜間に宮中や役所、貴人のそばなどに泊まって警護・勤務する人物)といった種類の者達は、身分は高くはないけれども、安心して任せられる頼もしい存在でありたいものだと思って、各人各様分相応に気を引き締めて任務に当たっている。
Such lowly servants as will clear the streets of the crowd for a noble one’s procession, or accompany and guard him in his personal trip, or play the role of night-watch beside his bedroom ― these, too, are the men, though obscure in ranks, who perform their duty without being obtrusive, yet trying to make themselves as reliable as possible.

ほくめん・かくごん、いへばさらなり。

北面の武士(上皇の御所の北方にある警護詰め所で警護にあたる武士)や恪勤者(親王家・大臣家等に仕える武士)については今更言うまでもないことだ。
The same or more goes for the soldiers who keep guard over the abode of the ex-emperor or residences of high-ranking officials.

らうあるぶしの、ひまなくじんじやうなることなべてならず。

熟練した武人の、心にいささかの隙もなく立派であることは、並一通りでない。
The way experienced swordsmen stay always on guard and act flawlessly is beyond compare.

ことをなすになべてひとやりならざるふるまひもてわたらふさぶらひどもを、ありのすさびに、そばそばしくものしきげらふとおもひけちつつすぐさば、ありありてあやしきみさながら、てづからことなすことたえてなきくげに、おとしめさせつつあかずたへさぶらひわたらむとしつきの、やはひさしからむ。

物事を成し遂げるのに、万事他動的でなく自ら進んで行なう主体的行動を以て生きている侍たちを、そこに存在することが当たり前だと思って慣れきってありがたいとも思わなくなってしまって、よそよそしくて見苦しく親しみの持てない、他人に召し使われる低い身分の者であるよ、と軽んじ続けて日々を送っておれば、彼ら武家階層の者達がずっとそんな状態のまま、低い身分に甘んじ続けて、自分自身で事を為すことなど全くない公家階層の人々に、軽蔑され続けてもうんざりすることもなく我慢して伺候し続ける年月が、そう長く続く筈もあるまい。
The way of the samurai is the way of doing everything on their own, taking responsibility for anything they touch, without ever passing the buck to anyone else. If such men were taken too much for granted, despised as disgustingly unfriendly ignoble ones, how many more years should they deign to content themselves with such lowly status to keep serving the nobility with no ability or mind to do anything for themselves?

くだるほどほどにつくほどなほこえてさぶらふみほどかひなきはなし

  下るほど 程に付くほど 猶越えて(名を越えて) 侍ふ身ほど 甲斐無き(替へ無き)は無し   『身分が下であればあるほど、その下級の身分や取るに足らぬものとして顧みられることもない名前に相応の働きの限界を更に超えてまで、過分の働きをしてお仕え申し上げる侍の身分ほどに、働き甲斐のない弱い立場は他にない。が、これほどかけがえのない大事なものも他にない。』
  The lower the rank, the more the demand,   More than the status or name should warrant,   What could be less rewarding than the samurai?   What could be so indispensable as they?

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