宇治拾遺物語(巻一 一)001道命阿闍梨和泉式部の許において読経し五条の道祖神聴聞の事
今は昔、道命阿闍梨とて、傅殿の子に色に耽りたる僧ありけり。和泉式部に通ひけり。経をめでたく読みけり。それが和泉式部がり行きて臥したりけるに、目覚めて経を心すまして読みけるほどに、八巻読み果てて、暁にまどろまんとするほど [...]
宇治拾遺物語(巻一 四)004伴大納言の事
これも今は昔、伴大納言善男は佐渡国郡司が従者なり。かの国にて、善男夢に見るやう、西大寺と東大寺とを胯げて立ちたりと見て、妻の女にこの由を語る。妻のいはく「そこの股こそ裂かれんずらめ」と合はするに、善男驚きて、「よしなき [...]
宇治拾遺物語(巻一 九)009宇治殿倒れさせ給ひて実相房僧正験者に召さるる事
これも今は昔、高陽院造らるる間、宇治殿御騎馬にて渡らせ給ふ間、倒れさせ給ひて心地違はせ給ふ。心誉僧正に祈られんとて召しに遣はすほどに、いまだ参らざる先に、女房の局なる女に物憑きて申していはく、「別の事にあらず。きと目見 [...]
宇治拾遺物語(巻二 二)020静観僧正雨を祈る法験の事
今は昔、延喜の御時、旱魃したりけり。六十人の貴僧を召して、大般若経読ましめ給ひけるに、僧ども、黒煙を立てて、験現さんと祈りけれども、いたくのみ晴れまさりて、日強く照りければ、帝を始めて、大臣、公卿、百姓人民、この一事よ [...]
宇治拾遺物語(巻二 三)021同僧正大嶽の岩祈り失ふ事
今は昔、静観僧正は西搭の千手院といふ所に住み給へり。その所は、南向きにて大嶽をまもる所にてありけり。大嶽の乾の方のそひに大きなる巌あり。その岩の有様、竜の口をあきたるに似たりけり。その岩の筋に向かひて住みける僧ども、命 [...]
宇治拾遺物語(巻二 八)026晴明蔵人少将を封ずる事
昔、晴明、陣に参りたりけるに、前はなやかに追はせて、殿上人の参りけるを見れば、蔵人少将とて、まだ若くはなやかなる人の、みめまことに清げにて、車より降りて内に参りたりけるほどに、この少将の上に、烏の飛びて通りけるが、穢土 [...]
宇治拾遺物語(巻二 十)028袴垂保昌に合ふ事
昔、袴垂とていみじき盗人の大将軍ありけり。十月ばかりに、衣の用なりければ、衣少しまうけんとて、さるべき所々窺ひ歩きけるに、夜中ばかりに、人皆しづまり果てて後、月の朧なるに、衣あまた着たりけるぬしの、指貫の稜挟みて、絹の [...]
宇治拾遺物語(巻二 十三)031成村強力の学士に逢ふ事
昔、成村といふ相撲ありけり。時に、国々の相撲ども、上り集まりて、相撲節待けるほど、朱雀門に集まりて涼みけるが、そのへん遊びゆくに、大学の東門を過ぎて、南ざまにゆかんとしけるを、大学の衆どもも、あまた東の門に出でて、涼み [...]
宇治拾遺物語(巻三 一)033大太郎盗人の事
昔、大太郎とて、いみじき盗人の大将軍ありけり。それが京へのぼりて、物とりぬべき所あらば入りて物とらんとて思ひて、うかがひ歩きけるほどに、めぐりもあばれ、門などもかたかたは倒れたる、横ざまに寄せかけたる所のあだげなるに、 [...]
宇治拾遺物語(巻三 三)035小式部内侍定頼卿の経にめでたる事
今は昔、小式部内侍に定頼中納言もの言ひわたりけり。それに又時の関白かよひ給ひけり。局に入りて、臥し給ひたりけるを、知らざりけるにや、中納言寄り来てたたきけるを、局の人「かく」とや言ひたりけん、沓をはきて行きけるが、少し [...]
宇治拾遺物語(巻三 九)041伯の母の事
今は昔、多気大夫といふ者の、常陸より上りて、愁へするころ、向かひに越前守といふ人のもとに経誦しけり。この越前守は、伯の母とて、世にめでたき人、歌よみの親なり。妻は伊勢大輔、姫君たちあまたあるべし。多気大夫、つれづれにお [...]
宇治拾遺物語(巻三 十一)043藤六の事
今は昔、藤六といふ歌よみありけり。下種の家に入りて、人もなかりける折を見つけて入りにけり。鍋に煮ける物をすくひけるほどに、家あるじの女、水を汲みて、大路の方より来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく人もなき所に入り [...]
宇治拾遺物語(巻三 十七)049小野篁広才の事
今は昔、小野篁といふ人おはしけり。嵯峨帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、「無悪善」と書きたりけり。帝、篁に、「読め」と仰せられたりければ、「読みは読み候ひなん。されど恐れにて候へば、え申し候はじ」と奏しければ、「た [...]
宇治拾遺物語(巻三 十八)050平貞文本院侍従の事
今は昔、兵衛佐貞文をば平中と言ふ。色好みにて、宮仕人はさらなり、人の女など、忍びて見ぬはなかりけり。思ひかけて文やる程の人の、なびかぬはなかりけるに、本院寺従といふは村上の御母后の女房なり。世の色好みにてありけるに、文 [...]
宇治拾遺物語(巻三 十九)051一条摂政歌の事
今は昔、一条摂政とは東三条殿の兄におはします。御かたちよりはじめ、心用ひなどめでたく、才、有様、まことしくおはしまし、また、色めかしく、女をも多く御覧じ興ぜざさせ給ひけるが、少し軽々に覚えさせ給ひければ、御名を隠させ給 [...]
宇治拾遺物語(巻四 八)060進命婦清水参りの事
今は昔、進命婦若かりける時、常に清水へ参りける間、師の僧、清かりけりる八十の者なり。法華経を八万四千部読み奉りたる者なり。この女房をみて、欲心をおこして、たちまちに病になりて、すでに死なんとするあひだ、弟子どもあやしみ [...]
宇治拾遺物語(巻四 九)061業遠朝臣蘇生の事
これも今は昔、業遠朝臣死ぬる時、御堂の入道殿仰せられけるは、「言ひ置くべき事あらんかし。不便の事なり」とて、解脱寺の観修僧正を召して、業遠にむかひ給ひて加持する間、死人たちまち蘇生して、用事を言ひて後、また目を閉ぢてけ [...]
宇治拾遺物語(巻四 十一)063後朱雀院丈六の仏作り奉り給ふ事
これも今は昔、後朱雀院、例ならぬ御事、大事におはしましける時、後生の事、恐れ思し召しけり。それに御夢に、御堂入道殿参りて、申し給ひていはく、「丈六の仏を作れる人、子孫に於いて、更に悪道へ堕ちず。それがし多くの丈六を造り [...]
宇治拾遺物語(巻四 十四)066白河院御寝の時物に襲はれさせ給ふ事
これも今は昔、白河院、御殿籠りて後、物におそはれさせ給ひける。「然るべき武具を、御枕の上に置くべし」と沙汰ありて、義家朝臣に召されければ、檀弓の黒塗なるを、一張参らせたりけるを、御枕に立てられて後、おそはれさせおはしま [...]
宇治拾遺物語(巻四 十五)067永超僧都魚食ふ事
これも今は昔、南の京の永超僧都は、魚なき限りは、時、非時もすべて食はざりける人なり。公請勤めて、在京の間、久しくなりて、魚を食はで、くづほれて下る間、奈島の丈六堂の辺にて、昼破子食ふに、弟子一人、近辺の在家にて、魚を乞 [...]
宇治拾遺物語(巻五 二)071伏見修理大夫の許へ殿上人共行き向かふ事
これも今は昔、伏見修理大夫のもとへ、殿上人二十人ばかり押し寄せたりけるに、にはかにさわぎけり。肴物とりあへず、沈地の机に、時の物ども色々、ただ推し量るべし。盃、たびたびになりて、おのおのたはぶれ出でけるに、厩に、黒馬の [...]
宇治拾遺物語(巻五 三)072以長物忌の事
これも今は昔、大膳亮大夫橘以長といふ蔵人の五位ありけり。宇治左大臣殿より召しありけるに、「今明日はかたき物忌をつかまつること候ふ。」と申したりければ、「こはいかに、世にある者の、物忌みといふことやはある。たしかに参れ」 [...]
宇治拾遺物語(巻五 十二)081大二条殿に小式部内侍歌読みかけ奉る事
これも今は昔、大二条殿、小式部内侍おぼしけるが、絶え間がちになりけるころ、例ならぬことおはしまして、久しうなりて、よろしくなり給ひて、上東門院へ参らせ給ひたるに、小式部、台盤所にゐたりけるに、出でさせ給ふとて、「死なん [...]
宇治拾遺物語(巻七 六)097小野宮大饗事、付西宮殿富小路大臣等大饗の事
今は昔、小野宮殿の大饗に、九条殿の御贈物にし給ひたりける女の装束にそへられたりける紅の打ちたるほそながを、心なかりける御前の、とりはづして、やり水に落し入れたりけるを、すなはち取りあげて、うちふるひければ、水は走りてか [...]
宇治拾遺物語(巻七 七)098式成満則員等三人召され滝口弓芸の事
これも今は昔、鳥羽院位の御時、白河院の武者所の中に、宮道式成、源満、則員、殊に的弓の上手なりと、その時聞こえありて、鳥羽院位の御時の滝口に、三人ながら召されぬ。試みあるに、おほかた一度もはづさず。これをもてなし興ぜさせ [...]
宇治拾遺物語(巻八 三)101信濃国の聖の事
今は昔、信濃国に法師ありけり。さる田舎にて法師になりにければ、まだ受戒もせで、いかで京に上りて、東大寺といふ所にて受戒せんと思ひて、とかくして上りて、受戒してけり。 さてもとの国へ帰らんと思ひけれども、よしなし、さる [...]
宇治拾遺物語(巻八 四)102敏行の朝臣の事
これも今は昔、敏行という歌よみは、手をよく書きければ、これかれがいふに従ひて、法華経を二百部ばかり書き奉りたりけり。かかるほどに、にはかに死ににけり。我は死ぬるぞとも思はぬに、にはかにからめて引き張りて率て行けば、我ば [...]
宇治拾遺物語(巻十 一)114伴大納言、応天門を焼く事
今は昔、水の尾の帝の御時に、応天門焼けぬ。人のつけたるになんありける。それを、伴善男といふ大納言、「これは信の大臣のしわざなり」と、おほやけに申しければ、その大臣を罪せんとせさせ給ひけるに、忠仁公、世の政は、御弟の西三 [...]
宇治拾遺物語(巻十 二)115放鷹楽明暹に是季が習ふ事
これも今は昔、放鷹楽といふ楽を、明暹已講、ただ一人習ひ伝へたりけり。白河院、野行幸、明後日といひけるに、山階寺の三面の僧坊にありけるが、「今宵は門なさしそ。尋ぬる人あらんものか」と言ひて待ちけるが、案のごとく、入り来た [...]
宇治拾遺物語(巻十 三)116堀河院明暹に笛吹かさせ給ふ事
これも今は昔、堀河院の御時、奈良の僧どもを召して、大般若の御読経行はれけるに、明暹この中に参る。その時に、主上御笛を遊ばしけるが、やうやうに調子を変へて、吹かせ給ひけるに、明暹、調子ごとに、声違へず上げければ、主上怪し [...]
宇治拾遺物語(巻十 四)117浄蔵が八坂の坊に強盗入る事
これも今は昔、天暦のころほひ、浄蔵が八坂の坊に、強盗その数入り乱れたり。然るに火をともし、太刀を抜き、目を見張りて、おのおの立ちすくみて、さらにする事なし。かくて数刻を経。夜やうやう明けんとする時、ここに浄蔵、本尊に啓 [...]
宇治拾遺物語(巻十 八)121蔵人頓死のこと
今は昔、円融院の御時、内裏焼けにければ、後院になんおはしましける。殿上の台盤に人々あまた来て、物食ひけるに、蔵人貞高台盤に額を当てて、ねぶり入りて、いびきをするなめりと思ふに、やや暫しになれば、怪しと思ふほどに、台盤に [...]
宇治拾遺物語(巻十一 三)126晴明を試みる僧の事
昔、晴明が土御門の家に、老しらみたる老僧来たりぬ。十歳ばかりなる童部二人具したり。晴明「なにぞの人にておはするぞ」と問へば、「播磨の国の者にて候ふ。陰陽師を習はん心ざしにて候ふ。この道に、殊にすぐれておはしますよしを承 [...]
宇治拾遺物語(巻十一 三)127晴明、蛙殺す事
この晴明、あるとき、広沢の僧正の御房に参りて、もの申し承りけるあひだ、若僧どもの晴明にいふやう、「式神を使ひ給ふなるは、たちまちに人をば殺し給ふや」と言ひければ、「やすくはえ殺さじ。力をいれて殺してん」と言ふ。「さて虫 [...]
宇治拾遺物語(巻十一 四)128河内守頼信、平忠恒を攻むる事
昔、河内守頼信、上野守にてありしとき、坂東に平忠恒といふ兵ありき。仰せらるる事、なきがごとくにする、うたんとて、おほくの軍おこして、かれがすみかの方へ行きむかふに、岩海のはるかにさし入りたるむかひに、家をつくりてゐたり [...]
宇治拾遺物語(巻十一 八)132則光盗人を斬る事
今は昔、駿河前司橘季通が父に、陸奥前司則光といふ人ありけり。兵の家にはあらねども、人に所置かれ、力などいみじう強かりける。世のおぼえなどありけり。 わかくて衞府の蔵人にぞありけるとき、宿直所より女のもとへ行くとて、太 [...]
宇治拾遺物語(巻十一 十一)135丹後守保昌、下向の時致経の父に逢ふ事
これも今は昔、丹後守保昌、国へ下りける時、与佐の山に、白髪の武士一騎あひたり。路の傍なる木の下に、うち入れて立ちたりけるを、国司の郎等ども、「この翁、など馬よりおりざるぞ。奇怪なり。咎めおろすべし」と言ふ。ここに国司の [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十三)149貫之歌の事
今は昔、貫之が土佐守になりて、下りてありけるほどに、任果つる年、七八ばかりの子の、えもいはずをかしげなるを、限りなくかなしうしけるが、とかくわづらひて失せにければ、泣きまどひて、病づくばかり思ひこがるるほどに、月ごろに [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十四)150東人の歌よむ事
今は昔、東人の、歌いみじう好みよみけるが、蛍をみて あなてるや虫のしや尻に火のつきて小人玉ともみえわたるかな 東人のやうに詠まんとて、まことは貫之が詠みたりけるとぞ。 ← 前章へ戻る 『宇治拾遺物語』 次章 [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十五)151河原の院に融公の霊住む事
今は昔、河原の院は融の左大臣の家なり。陸奥の塩竃の形を作りて、潮を汲み寄せて、塩を焼かせなど、さまざまのをかしき事を尽くして、住み給ひける。大臣うせて後、宇多院には奉りたるなり。延喜の帝、度々行幸ありけり。まだ院、住ま [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十六)152八歳の童、孔子問答の事
今は昔、唐に、孔子、道を行き給ふに、八つばかりなる童にあひぬ。孔子に問ひ申すやう、「日の入る所と洛陽と、いづれか遠き」と。孔子いらへ給ふやう、「日の入る所は遠し。洛陽は近し」。童の申すやう、「日の出で入る所は見ゆ。洛陽 [...]
宇治拾遺物語(巻十三 二)162元輔落馬の事
今は昔、歌よみの元輔、内蔵助になりて、賀茂祭の使しけるに、一條大路わたりけるほどに、殿上人の、車おほく並べたてて、物見ける前わたるほどに、おいらかにてはたわたらで、人み給ふにと思ひて、馬をいたくあふりければ、馬くるひて [...]
宇治拾遺物語(巻十三 五)165夢を買ふ人の事
昔、備中国に郡司ありけり。それが子に、ひきのまき人といふありけり。若き男にてありける時、夢をみたりければ、「あはせさせん」とて、夢ときの女のもとに行きて、夢あはせて後、物語してゐたるほどに、人々あまた声して来なり。国守 [...]
宇治拾遺物語(巻十三 十一)171渡天の僧穴に入る事
今は昔、唐にありける僧の、天竺に渡りて、他事にあらず、ただ物のゆかしければ、物見にしありきければ、所々見行きけり。ある片山に、大なる穴あり。牛のありけるがこの穴に入りけるを見て、ゆかしく覚えければ、牛の行くにつきて、僧 [...]
宇治拾遺物語(巻十四 十)184御堂関白の御犬、晴明等奇特の事
これも今は昔、御堂關白殿、法成寺を建立し給ひて後は、日ごとに御堂へ参らせ給ひけるに、白き犬を愛してなん飼はせ給ひければ、いつも御身をはなれず御供しけり。ある日例のごとく御供しけるが、門を入らんとし給へば、この犬、御さき [...]
宇治拾遺物語(巻十五 一)186清見原天皇、大友皇子と合戦の事
今は昔、天智天皇の御子に、大友皇子といふ人ありけり。太政大臣になりて、世の政を行ひてなんありける。心の中に、「帝失ひ給ひなば、次の帝には、我ならん」と思ひ給ひけり。清見原天皇、その時は春宮にておはしましけるが、この気色 [...]
声