宇治拾遺物語(巻一 十)010秦兼久通俊卿のもとに向かひて悪口の事
今は昔、治部卿通俊卿、後拾遺を撰ばれける時、秦兼久、行き向かひて、おのづから歌などや入ると思ひて、うかがひけるに、治部卿いで会ひて、物語して、「いかなる歌かよみたる」と言はれければ、「はかばかしき歌候はず。後三条院かく [...]
宇治拾遺物語(巻三 九)041伯の母の事
今は昔、多気大夫といふ者の、常陸より上りて、愁へするころ、向かひに越前守といふ人のもとに経誦しけり。この越前守は、伯の母とて、世にめでたき人、歌よみの親なり。妻は伊勢大輔、姫君たちあまたあるべし。多気大夫、つれづれにお [...]
宇治拾遺物語(巻三 十)042同人仏事の事
今は昔、伯の母仏供養しけり。永縁僧正を請じて、さまざまの物どもを奉る中に、紫の薄様に包みたる物あり。あけて見れば、 朽ちけるに長柄の橋の橋柱法のためにも渡しつるかな 長柄の橋の切なりけり。 またの日まだつとめ [...]
宇治拾遺物語(巻三 十一)043藤六の事
今は昔、藤六といふ歌よみありけり。下種の家に入りて、人もなかりける折を見つけて入りにけり。鍋に煮ける物をすくひけるほどに、家あるじの女、水を汲みて、大路の方より来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく人もなき所に入り [...]
宇治拾遺物語(巻三 十九)051一条摂政歌の事
今は昔、一条摂政とは東三条殿の兄におはします。御かたちよりはじめ、心用ひなどめでたく、才、有様、まことしくおはしまし、また、色めかしく、女をも多く御覧じ興ぜざさせ給ひけるが、少し軽々に覚えさせ給ひければ、御名を隠させ給 [...]
宇治拾遺物語(巻五 十二)081大二条殿に小式部内侍歌読みかけ奉る事
これも今は昔、大二条殿、小式部内侍おぼしけるが、絶え間がちになりけるころ、例ならぬことおはしまして、久しうなりて、よろしくなり給ひて、上東門院へ参らせ給ひたるに、小式部、台盤所にゐたりけるに、出でさせ給ふとて、「死なん [...]
宇治拾遺物語(巻七 二)093播磨守為家の侍、佐多の事
今は昔、播磨の守為家といふ人あり。それが内に、させることもなき侍あり。字、佐多となんいひけるを、例の名をば呼ばずして、主も、傍輩も、ただ「さた」とのみ呼びける。さしたることはなけれども、まめに使はれて、年ごろになりにけ [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十)146季直少将、歌の事
今は昔、季直少将といふ人ありけり。病つきて後、すこしをこたりて、内に参りたりけり。公忠弁の、掃部助にて蔵人なりけるこの事なり。「乱り心地、まだよくもをこたり侍らねども、心元なくて参り侍りつる。後は知らねども、かくまで侍 [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十一)147樵夫の小童、隠し題の歌詠む事
今は昔、隠し題をいみじく興ぜさせ給ひける帝の、篳篥を詠ませられけるに、人々わろく詠みたりけるに、木こる童の、暁、山へ行くとていひける、「このごろ、篳篥を詠ませさせ給ふなるを、人のえ詠み給はざなる、童こそ詠みたれ」と言ひ [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十二)148高忠侍歌よむ事
今は昔、高忠といひける越前守の時に、いみじく不幸なりける侍の、夜昼まめなるが、冬なれど、帷をなん着たりける。雪のいみじく降る日、この侍、きよめすとて、物のつきたるやうに震ふを見て、守、「歌詠め、をかしう降る雪かな」と申 [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十三)149貫之歌の事
今は昔、貫之が土佐守になりて、下りてありけるほどに、任果つる年、七八ばかりの子の、えもいはずをかしげなるを、限りなくかなしうしけるが、とかくわづらひて失せにければ、泣きまどひて、病づくばかり思ひこがるるほどに、月ごろに [...]
宇治拾遺物語(巻十二 十四)150東人の歌よむ事
今は昔、東人の、歌いみじう好みよみけるが、蛍をみて あなてるや虫のしや尻に火のつきて小人玉ともみえわたるかな 東人のやうに詠まんとて、まことは貫之が詠みたりけるとぞ。 ← 前章へ戻る 『宇治拾遺物語』 次章 [...]
宇治拾遺物語(巻十四 八)182仲胤僧都連歌の事
これも今は昔、青蓮院の座主のもとへ、七宮渡らせ給ひたりければ、御つれづれ慰め参らせんとて、若き僧網、有職など、庚申して遊びけるに、上童のいと憎さげなるが、瓶子取などしありきけるを、ある僧忍びやかに、 うへわらは大童 [...]
声