宇治拾遺物語(巻一 五)005随求陀羅尼額に籠むる法師の事
これも今は昔、人のもとに、ゆゆしくことごとしく斧を負ひ、法螺貝腰につけ、錫杖つきなどしたる山伏の、ことごとしげなるが入り来て、侍の立蔀の内の小庭に立ちけるを、侍、「あれはいかなる御坊ぞ」と問ひければ、「これは日ごろ白山 [...]
宇治拾遺物語(巻一 六)006中納言師時法師の玉茎検知の事
これも今は昔、中納言法師といふ人おはしけり。その御もとに、ことの外に色黒き墨染の衣の短きに、不動袈裟といふ袈裟掛けて、木攣子の念珠の大きなる繰りさげたる聖法師、入り来て立てり。中納言、「あれは何する僧ぞ」と尋ねらるるに [...]
宇治拾遺物語(巻一 十一)011源大納言雅俊一生不犯の鐘打たせたる事
これも今は昔、京極の源大納言雅俊といふ人おはしけり。仏事をせられけるに、仏前にて僧に鐘を打たせて、一生不犯なるを選びて講を行はれけるに、ある僧の礼盤上りて、少し顔気色違ひたるやうになりて、撞木を取りて振りまわして打ちも [...]
宇治拾遺物語(巻一 十二)012児の掻餅するに空寝したる事
これも今は昔、比叡の山に児ありけり。僧たち宵のつれづれに、「いざ掻餅せん」と言ひけるを、この児心寄せに聞きけり。「さりとて、し出さんを待ちて寝ざらんもわろかりなん」と思ひて、片方にて出で来るを待ちけるに、すでにし出した [...]
宇治拾遺物語(巻一 十四)014小藤太聟におどされたる事
これも今は昔、源大納言定房と言ひける人のもとに、小藤太といふ侍ありけり。やがて女房にあひ具してぞありける。むすめも女房にてつかはれけり。この小藤太は殿の沙汰をしければ、三とほり四とほりに居広げてぞありける。この女の女房 [...]
宇治拾遺物語(巻一 十五)015大童子鮭盗みたる事
これも今は昔、越後国より鮭を馬に負ほせて、廿駄ばかり粟田口より京へ追ひ入れけり。それに粟田口の鍛冶がゐたるほどに、頂禿げたる大童子のまみしぐれて物むつかしう重らかにも見えぬが、この鮭の馬の中に走り入りにけり。道は狭くて [...]
宇治拾遺物語(巻二 五)023用経荒巻の事
今は昔、左京の大夫なりける古上達部ありけり。年老いていみじう古めかしかりけり。下わたりなる家に、歩きもせで籠りゐたりけり。その司の属にて、紀用経といふ者ありけり。長岡になん住みける。司の属なれば、この大夫のもとにも来て [...]
宇治拾遺物語(巻二 七)025鼻長き僧の事
昔、池の尾に善珍内供といふ僧住みける。真言などよく習ひて年久しく行ひ貴かりければ、世の人々さまざまの祈りをせさせければ、身の徳ゆたかにて、堂も僧坊も少しも荒れたる所なし。仏供、御灯なども絶えず、折節の僧膳、寺の講演しげ [...]
宇治拾遺物語(巻三 五)037鳥羽僧正国俊と戯れの事
これも今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に陸奥前司、国俊、僧正のもとへ行きて、「参りてこそ候へ」といはせければ、「只今見参すべし。そなたにしばしあはせ」とありければ、待ちゐたるに、二時ばかりまで出であは [...]
宇治拾遺物語(巻四 十)062篤昌忠恒等の事
これも今は昔、民部大輔篤昌といふ者ありけるを、法性寺殿の御時、蔵人所の所司に、義助とかやいふ者ありけり。件の篤昌を役に催しけるを、「我はかやうの役はすべき者にもあらず」とて、参らざりけるを、所司、小舎人をあまたつけて、 [...]
宇治拾遺物語(巻五 八)077実子にあらざる人に実子のよししたる事
これも今は昔、その人の一定子とも聞こえぬ人ありけり。世の人はそのよしを知りて、をこがましく思ひけり。その父と聞こゆる人失せにける後、その人のもとに、年ごろありける侍の、妻に具して田舎に去にけり。その妻失せにければ、すべ [...]
宇治拾遺物語(巻五 十)079ある僧人の許にて氷魚盗み食ひたる事
これも今は昔、ある僧、人のもとへ行きけり。酒など勧めけるに、氷魚はじめて出で来たりければ、あるじ珍しく思ひて、もてなしけり。あるじ用の事ありて、内へ入りて、また出でたりけるに、この氷魚の、ことの外に少なくなりたりければ [...]
宇治拾遺物語(巻七 二)093播磨守為家の侍、佐多の事
今は昔、播磨の守為家といふ人あり。それが内に、させることもなき侍あり。字、佐多となんいひけるを、例の名をば呼ばずして、主も、傍輩も、ただ「さた」とのみ呼びける。さしたることはなけれども、まめに使はれて、年ごろになりにけ [...]
宇治拾遺物語(巻七 三)094三条中納言水飯の事
これも今は昔、三条中納言といふ人ありけり。三条右大臣の御子なり。才かしこくて、唐土のこと、この世のこと、みな知り給へり。心ばへかしこく、肝太く、おしがらだちてなんおはしける。笙の笛をなんきはめて吹き給ひける。長たかく、 [...]
宇治拾遺物語(巻九 五)110つねまさが郎等、仏供養の事
昔、兵藤大夫つねまさといふ者ありき。それは、筑前国山鹿の庄といひし所にすみし。また、そこにあからさまにゐたる人ありけり。つねまさが郎等に、まさゆきとてありしをのこの、仏造り奉りて、供養し奉らんとすと聞き渡りて、つねまさ [...]
宇治拾遺物語(巻十一 一)124青常事
今は昔、村上の御時、古き宮の御子にて、左京大夫なる人おはしけり。ひととなり、すこし細高にて、いみじうあてやかなる姿はしたれども、やうだいなどもをこなりけり。かたくなはしき様ぞしたりける。頭の、あぶみ頭なりければ、纓は背 [...]
宇治拾遺物語(巻十一 五)129白河法皇、北面受領の下りのまねの事
これも今は昔、白河法皇、鳥羽殿におはしましける時、北面の者どもに、受領の国へ下るまねさせて、御覧あるべしとて、玄審頭久孝といふ者をなして、衣冠に衣出して、その外の五位どもをば前駆せさせ、衛府どもをば、胡録負ひにして御覧 [...]
宇治拾遺物語(巻十三 二)162元輔落馬の事
今は昔、歌よみの元輔、内蔵助になりて、賀茂祭の使しけるに、一條大路わたりけるほどに、殿上人の、車おほく並べたてて、物見ける前わたるほどに、おいらかにてはたわたらで、人み給ふにと思ひて、馬をいたくあふりければ、馬くるひて [...]
宇治拾遺物語(巻十四 七)181北面の女雜仕六の事
これも今は昔、白川院の御時、北面のざうしにうるせき女ありけり。名をば六とぞ言ひける。殿上人ども、もてなし興じけるに、雨うちそぼふりて、つれづれなりける日、ある人、「六よびて、つれづれなぐさめん」とて、使をやりて、「六よ [...]
声