宇治拾遺物語(巻七 二)093播磨守為家の侍、佐多の事
今は昔、播磨の守為家といふ人あり。それが内に、させることもなき侍あり。字、佐多となんいひけるを、例の名をば呼ばずして、主も、傍輩も、ただ「さた」とのみ呼びける。さしたることはなけれども、まめに使はれて、年ごろになりにけ [...]
宇治拾遺物語(巻十一 六)130蔵人得業猿沢の池の龍の事
これも今は昔、奈良に蔵人得業恵印といふ僧ありけり。鼻大きにて赤かりければ、「大鼻の蔵人得業」と言ひけるを、後ざまには、ことながしとて、「鼻蔵人」とぞ言ひける。なほ後々には、「鼻蔵、鼻蔵」とのみいひけり。 それが若かり [...]
宇治拾遺物語(巻十四 七)181北面の女雜仕六の事
これも今は昔、白川院の御時、北面のざうしにうるせき女ありけり。名をば六とぞ言ひける。殿上人ども、もてなし興じけるに、雨うちそぼふりて、つれづれなりける日、ある人、「六よびて、つれづれなぐさめん」とて、使をやりて、「六よ [...]
宇治拾遺物語(巻十四 八)182仲胤僧都連歌の事
これも今は昔、青蓮院の座主のもとへ、七宮渡らせ給ひたりければ、御つれづれ慰め参らせんとて、若き僧網、有職など、庚申して遊びけるに、上童のいと憎さげなるが、瓶子取などしありきけるを、ある僧忍びやかに、 うへわらは大童 [...]
声