竹取物語002)貴公子たちの求婚

 世界の男、貴なるも賤しきも、いかでこのかぐや姫を得てしかな、見てしかなと、音に聞きめでて惑ふ。そのあたりの垣にも、家の門にも、をる人だにたはやすく見るまじきものを、夜は安き寝もねず、闇の夜に出でても、穴をくじり、垣間見、惑ひあへり。さる時よりなむ、「よばひ」とは言ひける。
 人の物ともせぬ所に惑ひ歩けども、なにの験あるべくも見えず。家の人どもに物をだに言はむとて、言ひかくれども、事ともせず。あたりを離れぬ君達、夜を明かし、日を暮らす、多かり。おろかなる人は、「用なき歩きは、よしなかりけり」とて、来ずなりにけり。
 その中に、なほ言ひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼来たりけり。その名ども、石作の皇子・庫持の皇子・右大臣阿部御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足、この人々なりけり。世の中に多かる人をだに、少しも容貌よしと聞きては、見まほしうする人どもなりければ、かぐや姫を見まほしうて、物も食はず思ひつつ、かの家に行きて、たたずみ歩きけれど、甲斐あるべくもあらず。文を書きてやれども、返事もせず。わび歌など書きておこすれども、甲斐なしと思へど、霜月・師走の降り凍り、水無月の照りはたたくにも、障らず来たり。
 この人々、ある時は、竹取を呼び出でて、「娘を、われに賜べ」と、伏し拝み、手をすりのたまへど、「おのが生さぬ子なれば、心にも従はずなむある」と言ひて、月日過ぐす。かかれば、この人々、家に帰りて、物を思ひ、祈りをし、願を立つ。思ひやむべくもあらず。さりとも、つひに男婚はせざらむやはと思ひて、頼みをかけたり。あながちに心ざしを見え歩く。
 これを見つけて、翁、かぐや姫に言ふやう、「わが子の仏、変化の人と申しながら、ここら大きさまで養ひ奉る心ざし、おろかならず。翁の申さむこと、聞き給ひてむや」と言へば、かぐや姫、「何事をか、のたまはむことは、承らざらむ。変化の者にて侍りけむ身とも知らず、親とこそ思ひ奉れ」と言ふ。翁、「嬉しくものたまふものかな」と言ふ。「翁、年七十に余りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、男は女に婚ふことをす。女は男に婚ふことをす。その後なむ、門ひろくもなり侍る。いかでか、さることなくてはおはせむ」。かぐや姫のいはく、「なんでふ、さることかし侍らむ」と言へば、「変化の人といふとも、女の身持ち給へり。翁のあらむかぎりは、かうてもいますがりなむかし。この人々の、年月を経て、かうのみいましつつのたまふ事を、思ひ定めて、一人一人に婚ひ奉り給ひね」と言へば、かぐや姫いはく、「よくもあらぬ容貌を、深き心も知らで、あだ心つきなば、のち悔しき事もあるべきを、と思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き心ざしを知らでは、婚ひがたしとなむ思ふ」と言ふ。
 翁いはく、「思ひのごとくものたまふかな。そもそも、いかやうなる心ざしあらむ人にか、婚はむと思す。かばかり心ざしおろかならぬ人々にこそあめれ」。かぐや姫のいはく、「何ばかりの深きをか見むと言はむ。いささかの事なり。人の心ざし等しかんなり。いかでか、中に劣り優りは知らむ。五人の中に、ゆかしき物を見せ給べらむに、御心ざし優りたりとて、仕うまつらむと、そのおはすらむ人々に申し給へ」と言ふ。「よき事なり」と承けつ。
★自分の「ツィッター」アカウント上で、この『竹取物語』の章を紹介してみる→