竹取物語004)蓬莱の珠の枝

 庫持の皇子は、心たばかりある人にて、朝廷には、「筑紫の国に湯浴みにまからむ」とて、暇申して、かぐや姫の家には、「珠の枝取りになむまかる」と言はせて、下り給ふに、仕うまつるべき人々、みな難波まで御送りしける。皇子、「いと忍びて」とのたまはせて、人もあまた率ておはしまさず。近う仕うまつるかぎりして出で給ひ、御送りの人々、見奉り送りて帰りぬ。おはしましぬと人には見え給ひて、三日ばかりありて、漕ぎ帰り給ひぬ。
 かねて、事みな仰せたりければ、その時、一の宝なりける鍛冶工匠六人を召し取りて、たはやすく人寄り来まじき家を造りて、竈を三重にしこめて、工匠らを入れ給ひつつ、皇子も同じ所に籠り給ひて、知らせ給ひたるかぎり十六所を、かみにくどをあけて、珠の枝を作り給ふ。
 かぐや姫のたまふやうに違はず作り出でつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかに持て出でぬ。「船に乗りて帰り来にけり」と殿に告げやりて、いといたく苦しがりたるさまして居給へり。迎へに人多く参りたり。珠の枝をば長櫃に入れて、物おほひて持ちて参る。いつか聞きけむ、「庫持の皇子は、優曇華の花持ちて、上り給へり」とののしりけり。これをかぐや姫聞きて、われは、この皇子に負けぬべしと、胸つぶれて思ひけり。
 かかるほどに、門を叩きて、「庫持の皇子おはしたり」と告ぐ。「旅の御姿ながらおはしたり」と言へば、会ひ奉る。皇子のたまはく、「命を捨てて、かの珠の枝持ちて来たる」とて、「かぐや姫に見せ奉り給へ」と言へば、翁、持ちて入りたり。この珠の枝に、文ぞつけたりける。
  いたづらに身はなしつとも珠の枝を手折らでさらに帰らざらまし
 これをも、あはれとも見でをるに、竹取の翁、走り入りていはく、「この皇子に申し給ひし蓬莱の珠の枝を、一つの所あやまたず、持ておはしませり。何をもちて、とかく申すべき。旅の御姿ながら、わが御家へも寄り給はずしておはしましたり。はや、この皇子に婚ひ仕うまつり給へ」と言ふに、物も言はず、頬杖をつきて、いみじく嘆かしげに思ひたり。
 この皇子、「今さへ、何かと言ふべからず」と言ふままに、縁に這ひ上り給ひぬ。翁、ことわりに思ふ。「この国に見えぬ珠の枝なり。この度は、いかでか辞び申さむ。人ざまもよき人におはす」など言ひ居たり。かぐや姫の言ふやう、「親ののたまふことを、ひたぶるに辞び申さむことのいとほしさに」と、取り難き物を、かくあさましく持て来たることをねたく思ひ、翁は、閨のうち、しつらひなどす。
 翁、皇子に申すやう、「いかなる所にか、この木はさぶらひけむ。あやしく麗しく、めでたきものにも」と申す。皇子、答へてのたまはく、「一昨々年の如月の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中に出でて、行かむ方も知らずおぽえしかど、思ふこと成らで世の中に生きて何かせむと思ひしかば、ただ空しき風にまかせて歩く。命死なばいかがはせむ。生きてあらむかぎり、かく歩きて、蓬莱といふらむ山にあふやと、海に漕ぎただよひ歩きて、わが国の内を離れて歩きまかりしに、ある時は、浪荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなるもの出で来て、殺さむとしき。ある時には、来し方行く末も知らず、海にまぎれむとしき。ある時には、糧尽きて、草の根を食ひ物としき。ある時は、言はむ方なくむくつけげなるもの来て、食ひかからむとしき。ある時には、海の貝を取りて、命を継ぐ。
 旅の空に、助け給ふべき人もなき所に、いろいろの病をして、行く方そらも覚えず。船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日といふ辰の時ばかりに、海の中にはつかに山見ゆ。船のうちをなむ、せめて見る。海の上に漂へる山、いと大きにてあり。その山のさま、高く麗し。これや、わが求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしく覚えて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり見歩くに、天人の装したる女、山の中より出で来て、銀の金椀を持ちて、水を汲み歩く。これを見て、船より下りて、『この山の名を何とか申す』と問ふ。女、答へていはく、『これは蓬莱の山なり』と答ふ。これを聞くに、嬉しきことかぎりなし。この女、『かくのたまふは誰ぞ』と問ふ。『わが名は、うかんるり』と言ひて、ふと山の中に入りぬ。
 その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。黄金・銀・瑠璃色の水、山より流れ出でたり。それには、色々の珠の橋渡せり。そのあたりに、照り輝く木ども立てり。その中に、この取りて持ちてまうで来たりしは、いと悪かりしかども、のたまひしに違はましかばと、この花を折りてまうで来たるなり。
 山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。
 大願力にや。難波より、昨日なむ都にまうで来つる。さらに潮に濡れたる衣をだに脱ぎ替へなでなむ、こちまうで来つる」とのたまへば、翁聞きて、うち嘆きて詠める、
  くれ竹のよよの竹取野山にもさやはわびしき節をのみ見し 
 これを、皇子聞きて、「ここらの日ごろ、思ひわび侍りつる心は、今日なむ落ちゐぬる」とのたまひて、返し、
  わが袂今日乾ければわびしさの千種の数も忘られぬぺし
とのたまふ。
 かかるほどに、男ども六人、列ねて庭に出で来たり。一人の男、文挟に文を挟みて申す。「内匠寮の工匠、漢部内麻呂申さく、珠の木を作り仕うまつりしこと、五穀を断ちて、千余日に力を尽くしたること、少なからず。しかるに、禄いまだ賜はらず。これを賜ひて、悪き家子に賜はせむ」と言ひて、捧げたり。竹取の翁、この工匠らが申すことは何事ぞと傾きをり。皇子は、われにもあらぬ気色にて、肝消え居給へり。
 これを、かぐや姫聞きて、「この奉る文を取れ」と言ひて、見れば、文に申しけるやう、
 皇子の君、千日賤しき工匠らと、もろともに同じ所に隠れゐ給ひて、かしこき珠の枝を作らせ給ひて、官も賜はむと仰せ給ひき。これをこのごろ案ずるに、御使とおはしますべきかぐや姫の要じ給ふべきなりけりと承りて、この御屋より賜はらむ。
と申して、「賜はるべきなり」と言ふを聞きて、かぐや姫、暮るるままに思ひわびつる心地、笑ひ栄えて、翁を呼びとりて言ふやう、「まこと、蓬莱の木かとこそ思ひつれ。かくあさましき虚言にてありければ、はや返し給へ」と言へば、翁答ふ。「さだかに作らせたる物と聞きつれば、返さむこと、いとやすし」と、うなづきをり。
 かぐや姫の心ゆきはてて、ありつる歌の返し、
  まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる珠の枝にぞありける
と言ひて、珠の枝も返しつ。竹取の翁、さばかり語らひつるが、さすがに覚えて眠りをり。皇子は、立つもはした、居るもはしたにて、居給へり。日の暮れぬれば、すべり出で給ひぬ。
 かの愁訴せし工匠をば、かぐや姫、呼び据ゑて、「嬉しき人どもなり」と言ひて、禄いと多く取らせ給ふ。工匠らいみじく喜びて、「思ひつるやうにもあるかな」と言ひて帰る。道にて、庫持の皇子、血の流るるまで打ぜさせ給ふ。禄得し甲斐もなく、みな取り捨てさせ給ひてければ、逃げ失せにけり。
 かくて、この皇子は、「一生の恥、これに過ぐるはあらじ。女を得ずなりぬるのみにあらず、天下の人の、見思はむことの恥づかしきこと」とのたまひて、ただ一所、深き山へ入り給ひぬ。宮司、さぶらふ人々、みな手を分かちて、求め奉れども、御死にもやし給ひけむ、え見つけ奉らずなりぬ。皇子の、御供に隠し給はむとて、年ごろ見え給はざりけるなりけり。これをなむ、「たまさかる」とは言ひ始めける。
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