竹取物語005)火鼠の皮衣

 右大臣阿部御主人は、財豊かに、家広き人にておはしけり。その年来たりける唐土船の王慶といふ人のもとに、文を書きて、
 火鼠の皮といふなる物、買ひておこせよ。
とて、仕うまつる人の中に、心確かなるを選びて、小野房守といふ人をつけて遣はす。持て到りて、かの唐土にをる王慶に金を取らす。王慶、文をひろげて見て、返事書く。
 火鼠の皮衣、この国になき物なり。音には聞けども、いまだ見ぬ物なり。世にある物ならば、この国にも持てまうで来なまし。いと難き交易なり。しかれども、もし天竺にたまさかに持て渡りなば、もし長者のあたりに訪ひ求めむに。なきものならば、使に添へて、金をば返し奉らむ。
と言へり。
 かの唐土船来けり。小野房守まうで来て、まう上るといふことを聞きて、歩み疾うする馬をもちて走らせ、迎へさせ給ふ時に、馬に乗りて、筑紫よりただ七日にまうで来たる。文を見るに、いはく、
 火鼠の皮衣、からうして人を出だして求めて奉る。今の世にも昔の世にも、この皮は、たやすくなき物なりけり。昔、かしこき天竺の聖、この国に持て渡りて侍りける、西の山寺にありと聞き及びて、朝廷に申して、からうして買ひ取りて奉る。価の金少なしと、国司、使に申ししかば、王慶が物加へて買ひたり。今、金五十両賜はるぺし。船の帰らむにつけて、賜び送れ。もし金賜はぬものならば、かの衣の質、返し賜べ。
と言へることを見て、「なに仰す。今、金少しにこそあなれ。嬉しくしておこせたるかな」とて、唐土の方に向ひて、伏し拝み給ふ。
 この皮衣入れたる箱を見れば、くさぐさの麗しき瑠璃をいろへて、作れり。皮衣を見れば、金青の色なり。毛の末には、黄金の光し輝きたり。宝と見え、麗しきこと、並ぶべき物なし。火に焼けぬことよりも、けうらなることかぎりなし。「うべ、かぐや姫好もしがり給ふにこそありけれ」とのたまひて、「あな、かしこ」とて、箱に入れ給ひて、ものの枝につけて、御身の化粧いといたくして、やがて泊りなむものぞと思して、歌詠み加へて、持ちていましたり。その歌は、
  かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣袂かわきて今日こそは着め
と言へり。
 家の門に持て到りて、立てり。竹取、出で来て取り入れて、かぐや姫に見す。かぐや姫の、皮衣を見て、いはく、「麗しき皮なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず」。竹取、答へていはく、「とまれかくまれ、まづ請じ入れ奉らむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをと思ひ給ひね。人ないたくわびさせ奉り給ひそ」と言ひて、呼び据ゑ奉れり。かく呼び据ゑて、この度は必ず婚はむと、嫗の心にも思ひをり。この翁は、かぐや姫のやもめなるを嘆かしければ、よき人に婚はせむと思ひはかれど、せちに「否」と言ふことなれば、え強ひねば、ことわりなり。
 かぐや姫、翁にいはく、「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはこそ、まことならめと思ひて、人の言ふことにも負けめ。『世になき物なれば、それをまことと疑ひなく思はむ』とのたまふ。なほ、これを焼きて試みむ」と言ふ。翁、「それ、さも言はれたり」と言ひて、大臣に、「かくなむ申す」と言ふ。大臣、答へていはく、「この皮は、唐土にもなかりけるを、からうして求め尋ね得たるなり。なにの疑ひあらむ」。「さは申すとも、はや焼きて見給へ」と言へば、火の中にうちくべて焼かせ給ふに、めらめらと焼けぬ。「さればこそ。異物の皮なりけり」と言ふ。大臣、これを見給ひて、顔は草の葉の色にて居給へり。かぐや姫は、「あな、嬉し」と喜びてゐたり。かの詠み給ひける歌の返し、箱に入れて返す。
  名残りなく燃ゆと知りせば皮衣思ひのほかに置きて見ましを
とぞありける。されば、帰りいましにけり。
 世の人々、「阿部の大臣、火鼠の皮衣持ていまして、かぐや姫に住み給ふとな。ここにやいます」など問ふ。ある人のいはく、「皮は火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫、婚ひ給はず」と言ひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、「あへなし」と言ひける。
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