竹取物語010)富士の煙

 その後、翁、嫗、血の涙を流して惑へど、甲斐なし。あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、「何せむにか、命も惜しからむ。誰がためにか。何事も用もなし」とて、薬も食はず、やがて起きも上がらで、病み臥せり。
 中将、人々引き具して帰り参りて、かぐや姫をえ戦ひとめずなりぬる、こまごまと奏す。薬の壷に御文添へて参らす。拡げて御覧じて、いとあはれがらせ給ひて、物もきこしめさず、御遊びなどもなかりけり。
 大臣・上達部を召して、「いづれの山か天に近き」と問はせ給ふに、ある人奏す、「駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る」と奏す。これを聞かせ給ひて、
  逢ふことも涙に浮かぶわが身には死なぬ薬も何にかはせむ
 かの奉る不死の薬に、また壷具して、御使に賜はす。勅使には、調石笠といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由、仰せ給ふ。嶺にてすべきやう教へさせ給ふ。御文、不死の薬の壷並べて、火をつけて燃やすべき由、仰せ給ふ。その由承りて、士どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を「富士の山」とは名づけける。その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ、言ひ伝へたる。
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