土佐日記01/29

 廿九日。舟出だしてゆく。うらうらと照りて、漕ぎゆく。爪のいと長くなりにたるを見て、日をかぞふれば、今日は子の日なりければ、切らず。正月なれば、京の子の日のこと言ひ出でて、「小松もがな」といへど、海なかなれば、難しかし。ある女の書きて出だせる歌、
  おぼつかな今日は子の日か海人ならば海松をだにひかましものを  
とぞいへる。海にて子の日の歌にては、いかがあらむ。また、ある人のよめる歌、
  今日なれど若菜も摘まず春日野のわが漕ぎわたる浦になければ  
かくいひつつ漕ぎゆく。おもしろきところに舟をよせて、「ここや何処」と問ひければ、「土佐の泊り」といひけり。昔、土佐といひけるところに住みける女、この舟にまじれりけり。そがいひけらく、「昔しばしありしところのなぐひにぞあなる。あはれ」といひて、よめる歌、
  年ごろを住みしところの名にしおへば来よる波をもあはれとぞ見る  
とぞいへる。
★自分の「ツィッター」アカウント上で、この『土佐日記』の一節を紹介してみる→