宇治拾遺物語(巻一 十二)012児の掻餅するに空寝したる事

  これも今は昔、比叡の山にありけり。僧たち、のつれづれに「いざ掻餅せん」と言ひけるを、この児、心寄せに聞きけり。「さりとて、しさんを待ちて寝ざらんもわろかりなん」と思ひて、片方にて出で来るを待ちけるに、すでにし出したるさまにて、ひしめき合ひたり。この児、「定めて驚かさんずらん」と待ちゐたるに、僧の「物申しはん。驚かせ給へ」と言ふを、うれしとは思へども、「ただ一度へんも、待ちけるかともぞ思ふ」とて、「今一声呼ばれて答へん」と念じて寝たるほどに、「や、な起こしりそ。幼き人は寝入りひにけり」といふ声のしければ、あなわびしと思ひて、「今一度起せかし」と思ひ寝に聞けば、ひしひしとただ食ひに食ふ音のしければ、すべなくて、無期に、「えい」と答へたりければ、僧たち、笑ふ事限りなし。
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