宇治拾遺物語(巻三 六)038絵仏師良秀家の焼を見て悦ぶ事

 これも今は昔、絵仏師良秀といふありけり。家の隣より火出来て、風おしおほひて、責めければ、逃げ出て大路へ出にけり。人の書かする仏もおはしけり。また着ぬ妻・子なども、さながら内にありけり。それも知らず、ただ逃げ出たるを事にして、向かひのつらに立てり。見れば、すでに我が家に移りて、煙炎くゆりけるまで、おほかた向かひのつらに立ちて眺めければ、「あさましき事」とて人ども来とぶらひけれど、騒がず。「いかに」と人言ひければ、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて時々笑ひけり。「あはれ、しつるせうとくかな。年ごろはわろく書きけるものかな」といふ時に、とぶらひに来たる者ども、「こは、いかにかくて立ちへるぞ。あさましき事かな。物のき給へるか」と言ひければ、「なんでふ物の憑くべきぞ。年ごろ不動尊火焔しく書きけるなり。いま見れば『かうこそ燃えけれ』と心得つるなり。これこそせうとくよ。この道を立てて世にあらんには、仏だによく書きらば、百千の家も出来なん。わたうたちこそ、させる能もおはせねば、物をも惜しみ給へ」と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。その後にや、良秀がよぢり不動とて今に人々めであへり。
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