宇治拾遺物語(巻十三 六)166大井光遠の妹強力の事

 昔、甲斐国の相撲、大井光遠は、ひき太にいかめしく、力強く、足速く、みめ、ことがらより始めて、いみじかりし相撲なり。それが妹に、年二十六七ばかりなる女の、みめ、ことがら、けはひもよく、姿も細やかなるありけり。それは退きたる家に住みけるに、それが門に、人に追はれたる男の、刀を抜きて走り入りて、この女を質に取りて、腹に刀をさし当てて居ぬ。
 人走り行きて、兄人の光遠に、「姫君は質に取られ給ひぬ」と告げければ、光遠がいふやう、「その御許は、薩摩の氏長ばかりこそは、質に取らめ」と言ひて、何となくて居たれば、告げつる男、怪しと思ひて、立ち帰りて、物より覗けば、九月ばかりの事なれば、薄色の衣一重に、紅葉の袴を着て、口おほひして居たり。男は大きなる男の恐ろしげなるが、大なる刀を逆手に取りて、腹にさし当てて、足をもて後より抱きて居たり。
 この姫君、左の手しては、顔を塞ぎて泣く。右の手しては、前に矢箆の荒作りたるが、二三十ばかりあるを取りて、手ずさみに、節の本を指にて、板敷に押し当ててにじれば、朽木の柔かなるを押し砕くやうに砕くるを、この盗人目をつけて見るにあさましくなりぬ。いみじからん兄人の主、金槌をもちて打ち砕くとも、かくはあらじ。ゆゆしかりける力かな、このやうにては、ただ今のまに、我は取り砕かれぬべし。無益なり、逃げなんと思ひて、人目をはかりて、飛び出でて逃げ走る時に、末に人ども走りあひて捕へつ。縛りて、光遠がもとへ具して行きぬ。
 光遠、「いかに思ひて逃げつるぞ」と問へば、申すやう、「大きなる矢箆の節を、朽木なんどのやうに、押し砕き給ひつるを、あさましと思ひて、恐ろしさに逃げ候ひつるなり」と申せば、光遠うち笑ひて、「いかなりとも、その御許はよも突かれじ。突かんとせん手を取りて、かいねぢて、上ざまへ突かば、肩の骨は上ざまへ出でて、ねぢられなまし。かしこくおのれが腕抜かれまし。宿世ありて、御許はねぢざりけるなり。光遠だにも、おれをば手殺しに殺してん。腕をばねぢて、腹、胸を踏まんに、おのれは生きてんや。それにかの御許の力は、光遠二人ばかり合せたる力にておはするものを。さこそ細やかに、女めかしくおはすれども、光遠が手戯れするに、捕へたる腕を捕へられぬれば、手ひろごりてゆるしつべきものを。あはれ男子にてあらましかば、あふ敵なくてぞあらまし。口惜しく女にてある」と言ふを聞くに、この盗人死ぬべき心地す。女と思ひて、いみじき質を取りたると思ひてあれども、その儀はなし。「おれをば殺すべけれども、御許の死ぬべくはこそ殺さめ。おれ死ぬべかりけるに、かしこう疾く逃げて退きたるよ。大きなる鹿の角を膝に当てて、小さき枯木の、細きなんどを折るやうにあるものを」とて、追ひ放ちてやりけり。
★自分の「ツィッター」アカウント上で、この『宇治拾遺物語』の章を紹介してみる→