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いにしへの奈良の都の
  八重桜
    けふ九重ににほひぬるかな

Many years ago in the ancient capital of Nara,
Cherry blossoms thrived in eight-layered petals.
Today in the Palace with its nine royal portals,
Cherish them we do in this noble spring gala.

『小倉百人一首』061
いにしへの ならのみやこの やへざくら
 けふここのへに にほひぬるかな
伊勢大輔(いせのたいふ)
女性(c.989-c.1060)
『詞花集』春・二九
かつての都の奈良に咲いた八重桜が、
今日はこの九重の門に囲まれた
京の都の宮城に、
艶やかな色で咲き誇っていることですねえ。
【文法・修辞法】掛詞
...modern Japanese/English part: Copyright(C) fusau.com 2009
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品詞分解
いにしへ【古】<名>
の【の】<格助>
なら【奈良】<名>
の【の】<格助>
みやこ【都】<名>
の【の】<格助>
やへざくら【八重桜】<名>
 けふ【】<名>・・・「今日」
 きゃう【】<名>・・・「京」
ここのへ【九重】<名>
に【に】<格助>
にほひ【匂ひ】<自ハ四>連用形
ぬる【ぬる】<助動_完了>連体形
かな【かな】<終助>



修辞法
掛詞
<けふ・きゃう>
1)「けふ=今日」
2)「きゃう=京」
解題
 「"いにしへの"奈良の都」は、この歌の当時の首都「京都」から見た"旧都"の感覚です。「"けふ"九重」には「"今日"九重」と同時に「"京(きゃう)の都"の九重の門に囲まれた宮中」の響きもあります。「にほひ」は現代語では「嗅覚一辺倒の語ですが、古語では「視覚」の意もあり、その語源は「仁(アカ)+穂・秀(ヌキンデル)・・・目にも鮮やかな赤い色」。「八重桜」なので「真っ赤」ではないでしょうが、当時の花見の対象だった「ヤマザクラ(・・・現代のソメイヨシノとは別の種類)」の白っぽい薄桃色よりは、かなり濃い色合いだったのでしょう。
 吉野桜よりも遅れて咲くこの八重桜は、平安時代には「奈良の桜」のイメージが強かったようです。鎌倉末期の吉田兼好は『徒然草』(一三九:家にありたき木は)の中で(『枕草子』の清少納言の書き方を真似て)こう書いています:「家にありたき木は、松、桜(・・・家に植えたい木は、松と桜)。松は五葉もよし(・・・松はゴヨウマツもよい)。花は一重なる、よし(・・・花弁は一重のがよい)。八重桜は奈良の都にのみありけるを、このごろぞ、世に多くなり侍るなる(・・・八重桜はかつては古都奈良にだけあった花なのに、最近は世間に増えてきた・・・のだそうな)。吉野の花、左近の桜、みな一重にてこそあれ、八重桜はことやうのものなり(・・・吉野の桜も、宮中左近の桜も、みんな一重であって、八重の桜とは奇妙な感じである)。いとこちたくねぢけたり(・・・ひどくうるさいまでにねじれた花である)。植ゑずともありなむ(・・・こんな花、植えなくてもよいだろう)。遅桜、またすさまじ(・・・遅れて咲く桜というのも、これまた興醒めだ)。虫のつきたるもむつかし(・・・虫が付いたりするのも鬱陶しい)。」・・・どうも兼好法師は八重桜がお嫌いだったようです(・・・それとも、平安の世の旧風に似ぬ鎌倉時代の風俗がキライだっただけ?)・・・ともあれ、平安時代の八重桜が、京都の人々にとっては"珍品"に近い存在であったらしいことは伝わってくる話です。
 多くの解説書の中で、この61番歌は、宮中の花見のでの即興歌とされています。作者は「早詠み名人」伊勢大輔。「いにし"へ"/や"へ"/ここの"へ"」のあざといまでの踏韻といい、「や"へ"(8)/ここの"へ"(9)」の単純な数値・音調上の対比が「いにしへ(古)/けふ(今日)」の時間的対比と「奈良/けふ→きゃう=京(都)」の地理・政治的対比にオーバーラップする錯綜的構造といい、小憎らしいまでの技巧を凝らしたこんな歌を、宮中満座の宮人たちを前にさらりと即席で詠んでしまう当意即妙の機知、お見事です。
 もっとも、の前に「八重桜」という御題は予め知らされていたはずだから、純然たる即興歌と呼ぶのには難がありそうです・・・彼女の和歌撰集『伊勢大輔集』の記述を信じるならば、直前まで詠歌の大任を仰せつかっていたのはあの紫式部で、新参女房の伊勢大輔に花をもたせてこの役を譲った、のだそうです・・・けど、物語に彩りを添える上でも、伊勢大輔即興歌人としての性格を際立たせるエピソードとしても、ここは「当座歌」としておいた方が面白いと思います。
 いずれにせよとにかく、この早詠みの才ゆえに、当時の宮廷文化の中でもかなり華やいだ位置に常に居り、数々の伝説を残した人が伊勢大輔歌詠みの家系「大中臣」家の人で、父親の輔親もやはり即興詩の達人として誉れ高い人でした。
 和歌が貴人の主たる社交の具であった当時は、事前に知らされていた題目(「兼題」)について考えに考え抜いた技巧を凝らした歌(それも多くは部下の誰かに代作させたやつ)を得意気に披露して「この歌の仕掛け、わかりますかな?」とやる人は大勢いたけれども、その場の雰囲気に合わせてさっと歌を仕上げたり(「当座」)、他人が詠みかけた上の句(五七五)に対して気の利いた下の句(七七)をぱっと詠み添える(「連歌」)というような、機敏型の詩才の主は希少性が高く、珍重された様子が目に浮かびます。時を隔てた今から見れば「なぁに、この歌?」というような凡歌が、名高き歌人の傑作として取り上げられていたりする場合、添えられた詞書きを通して作歌事情を確認すると、「なるほど、早いのが取り柄の歌、だったわけね」と納得できることが結構多くあります。
 そんな即興系歌人の中でも、伊勢大輔は速さと巧さを兼ね備えた格別の存在。一条天皇の中宮彰子後宮サロンに出仕していた関係で、あの天才歌人和泉式部とも親交があった女性です。「天性の歌詠み」としての共通項でれば、結び付くのがとても自然に感じられる二人、やや毛色の異なるこの天才たちをわかり易く評すれば、「反応時間の速さで群を抜いた伊勢大輔」、「余韻の長さで時代を超えた和泉式部」といったところでしょうか。「伊勢」の名は父の輔親が伊勢神宮の祭主だったことに由来(近代以前、伊勢神宮祭主は「中臣」/「大中臣」氏の世襲)。私生活では高階成能の妻となり、娘たちには、康資王母筑前乳母源兼俊母などの名立たる歌人がいます・・・血は争えぬもの、といったところでしょうか。もっとも、血統で歌才を語りだすと、困ってしまう人達が色々といるのですけれどもね(・・・次の第62番歌の作者「清少納言」なども、本人も認める通り、その一人)。
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