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難波江の蘆のかりねの
  一夜ゆゑ
    みをつくしてや恋ひわたるべき

In the shallows of Naniwa reeds were clipped away,
Leaving behind roots coldly short in the mud...
One-night stand with a stranger at an inn of a foreign land
Might lead me to a long, wrong longing for one I'd never see again.

『小倉百人一首』088
なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ
 みをつくしてや こひわたるべき
皇嘉門院別当(くゎうかもんゐんのべったう)
女性(歌合せ参加記録あり 1175)
『千載集』恋三・八〇七
難波の浅瀬に生えるの「刈り根」
・・・じゃないけれど、
旅先の宿の「仮り寝」の夜に、
ふと出会った行きずりの人と、
一夜の情事を持ったばかりに、
水先案内の「澪標」じゃないけれど、
我が「身を尽くし」た命懸けの恋に、
これからの一生を過ごさなければ
ならない運命になるのでしょうか?
【文法・修辞法】掛詞+縁語+序詞+歌枕+係り結び
...modern Japanese/English part: Copyright(C) fusau.com 2009
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品詞分解
なにはえ【難波江】<名>
の【の】<格助>
あし【葦】<名>
の【の】<格助>
 かりね【】<名>・・・「刈り根」
 かりね【】<名>・・・「仮り寝」
の【の】<格助>
 ひとよ【】<名>・・・「一節」
 ひとよ【】<名>・・・「一夜」
ゆゑ【故】<名>
 みをつくし【】<名>・・・「澪標」
 み【】<名>・・・「身」
 を【】<格助>
 つくし【】<他サ四>連用形・・・「尽くし」
て【て】<接助>
や【や】<係助>
こひ【恋ひ】<他ハ上二>連用形
わたる【渡る】<自ラ四>終止形
べき【べき】<助動_推量>連体形・・・「や」との係り結び



修辞法
掛詞
<かりね>
1)(葦の)「刈り根」
2)(旅先の宿での)「仮り寝」
<ひとよ>
1)(葦の)「一節」
2)(行きずりの男性と過ごす)「一夜」
<みをつくし>
1)「澪標」
2)「身を尽くし」
縁語
<ひとよ>
(宿での仮寝の)「一夜」・・・(葦の刈り根の)「一節」を介して「葦」につながり、「葦」・「刈り根」・「一節」は「難波江」につながる
<みをつくし>
(恋情に)「身を尽くし」・・・(水源標識の)「澪標」を介して「難波江」につながる
<わたる>
(恋ひ)「渡る」・・・「難波江」を「渡る」につながる
序詞
「なにはえのあしの」は「かりね(刈り根・・・仮寝)」及び「ひとよ(一節・・・一夜)」を導く
歌枕
難波江摂津の国)
解題
 「本説取り」とまでは言えないけれど、この歌の根には、第19番歌難波潟みじかきのふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや」『新古今集』恋一・一〇四九(伊勢)があることは確かでしょう。「古歌に詠み込まれた場所、並びに、その古歌の歌題・情趣(及び、その解説本)」という「歌枕」の(平安中期までの)本義に忠実に言えば、この歌の「難波江のかりね」は伊勢の「難波潟みじかきのふしの間」を枕に借り寝している訳です。
 「のかりね」は「葦簀の材料にするために刈り取られて短くなった」の意ですが、(「本説取り」的な連想をする読み手にとっては)言外に、「みじかきのふしの間・・・の"節"(=茎と茎の間)ほどの短い時間の"臥し"(=愛する人との共寝)」を感じさせる部分です。「かりね(刈り根・・・転じて、仮寝)のひとよ(一節・・・転じて、一夜)故、みをつくし(澪標・・・転じて、身を尽くし)てや恋ひわたるべき」は、現代風に言えば「ほんの一晩、仮初めにベッドを共にしたために、以後ずっと恋しい思いにこの身を尽くすことになる・・・のかしら」。
 随分と艶っぽい内容ですが、平安末期にはこういう露骨にエロチックな歌題・話題が、文物の主題になることがとっても多かったという事実は、古文をそこそこ以上勉強してる人なら誰もが知るところ。この歌も、「旅宿逢恋」という御題目での題詠歌です・・・けど・・・はっきり言ってつまらない歌。技巧だけはせっせと沢山らしてあるけど、その巧みさがうるさく自己主張し過ぎて嫌味に響いてしまうのは、この時代の和歌が見かけ重視(or見かけ倒し)で、心の叫びとしての詩的重みを既にもう宿していなかった証拠でしょう。
 「旅をしました・・・恋をしました・・・同じ宿屋で一夜限りの情事・・・もう二度と会えない男性だとわかっていたのに・・・その一晩限りの愛の報いに、これから一生、会えるわけもなく、結ばれる見込みもないあの人を思い続けて、私は、虚しい恋の奴隷として生き続けることになるのでしょうか」・・・って、なんか、嘘っぱちであることを百も承知で、女性歌手のために、ベテラン作詞家の男性が書き上げた股旅演歌の歌詞みたい・・・技巧だけで、真実味ゼロなのは勿論、面白みも色っぽさのかけらも感じません(・・・あなたは、感じます?)
 ・・・けど、それも仕方のないことでしょうね。この作者の時代は十二世紀の終わりで、源平争乱の真っ只中。和泉式部伊勢大輔らが和歌の華を咲かせた時代(西洋紀元1000年頃)はとうに過ぎ去り、平安貴族社会の歪みも飽和点に達して、まずは平清盛、次いで源頼朝といった、貴族社会へのアンチテーゼの勢力による世の中全体の創造的破壊が、歴史上の必然となっていた時代。そんな中、社会・経済的基盤も持たずに、虚しい昔の栄華の夢にすがるしかなくなっていたこの時代の貴人たちが詠む歌は、「遠い昔に存在した"はず"」の幻の王朝の雅びに必死にすがりつくところから生まれる「虚飾美ばかり痛々しいまでに目立つ中味のない宝石箱」へと、既に落ちぶれ果てていたのでしょうから。
 なんか、こんな「昔の夢を、せめて文物の中だけでも・・・」というやつが流行る御時世って、とっても嫌な気がする・・・今が今だけに、なおさらそんな気がする「そらぞら詩ー歌」です。
 悪口ばかり書いて、ごめんなさい(別当さん、それに、これを読んでる今の世の日本の人たち)・・・でも、思うに、人は自分とよく似たイヤなとこ持った人のことを、誰よりも一番キライだと思うんじゃないか、と・・・なんか、いい言い訳にはなってない気もするけど、そんな感じで好きになれない歌です。「歌のお作法」ってやつにキレイに収まることで、高得点取りに行ってる感じで、今の世の型にはまった商業主義的なテレビ番組だの書物だの、点取り虫の優等生サンだのの醜悪点を虫眼鏡で拡大して見せられてるみたいで・・・拒絶反応を催す人と、さも感心したかのように拍手する人との違いを、傍で見て人物考査のリトマス試験紙にしたい感じの歌。・・・私ははっきり、舌打ち派、です。
 詠み手源俊隆の娘で、崇徳天皇中宮皇嘉門院(藤原聖子)に仕え、身内で一番出世した人の官位と合わせて「皇嘉門院別当」と呼ばれました。御主人様の聖子さんが九条兼実の姉だったため、兼実公関連の歌会にはちょくちょく参加していたみたいです・・・けど、彼女がどんな人生を送った人なのか、この歌からでは感じられないし、その人生の物語を知りたい気分にさせてくれる歌でもないですね。「名は体を表わす」みたいに、歌がそのを表わすものだとすれば、彼女はきっと、お人形さんみたいに美人すぎて、みんなに誉められるけど、誰か特定の男性に心底深くれられることがない、みたいな女性だったのかも・・・こんな「美しすぎるものは愛しくない」なんて論法振り回すと、「そういうおまえはどんな顔?おまえの恋人どんな人?」って問い詰められそうで、コワいんですけど・・・とにもかくにも、い歌だけど、い歌じゃない、って感じばかりは如何ともし難いものがある作品でした。
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